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2024年5月25日 (土)

碁盤斬り

 時代劇「基盤斬り」はなかなか面白かった。落語「柳田格之進」を元ネタにしているせいか、昔の日本人の気質をよく描いていると感じました。もっとも、金品の紛失を問われただけで疑義を掛けられたと切腹しようとするのは、その昔でもやや行き過ぎと思われて、それゆえに落語のネタにまでされてしまったのでしょう。おかげで”格”とつく名前は、曲がったことが大嫌いというイメージを抱いてしまいましたねえ。水戸黄門の”格さん”のせいかもしれませんが(笑)

Img_20240524_0002  白石和彌監督の初めての時代劇だそうですが、なかなかうまく撮れています。よくあるような江戸の街のセットもなかなかリアルに見えるような角度から撮影し、彩度を落とした落ち着いた色調も好感が持てます。最近の日本映画もやっとセットや衣装などに写実性を求めるようになりましたねえ。本当に良いことですねえ。

 そして、なにより、出演者がみな実にうまい演技を披露しているのが見処になっています。
 まず、主演の草彅剛が良い。やっとジャニーズの呪縛が消えたせいか、最近は演技賞も取っているようでなかなか頑張っています。もともとテレビドラマでも演技がうまかったので、この作品も安心して観ることができました。曲がったことが大嫌いで、やや行き過ぎ感のある性格の主人公を地(笑)で演じているように見えます。

 また、個人的には、その娘役の清原果耶が断然気に入りました。もういまや絶対に存在しない”親孝行の娘”を演じています。親への不当な疑惑を晴らすために廓に身を売るというあり得ないような落語ネタ話を現実味をもって表現できたのは、彼女のもつ凛とした佇まいのせいでしょうねえ。いやあ、頼りない手代でなくても惚れてしまいます(笑)。でもまあ、最後が落語の結末じゃなくてハッピーエンドで本当に良かった。廓の小泉今日子女将に感謝です(笑)。
 その他、國村隼がやっぱりうまい。最初の因業親父から落語の人格者の店主に変化する姿を流れるように無理なく演じています。なお、碁会の親分、市村正親も貫禄十分でした。

 そんな中で、斎藤工が演じる、主人公を藩からの追放に追いやった元上司(?)なのですが、実はこの人物像が良くわかりません。どうやら主人公の正直すぎて、固すぎる人柄の故に、”水清ければ魚棲まず”の例えのように人間関係がぎくしゃくしていたのが理由だったようです。女関係は付け足しのような気がします。どちらにしても、主人公が部下たちの賄賂授受を殿に直訴した後の影響を暴きたてるも、結局、本人は何も手助けをしていないので、まあ、自分勝手なわがまま野郎だということなのでしょう。うん、斉藤工が喜々として演じそうな役柄です(笑)。

 しかし、この映画のオチは、なんとなくしっくりしません。犯罪と刑が見合っていないという藩の処置を内部通報者が自ら節を曲げてまで被るというのは納得できませんね。あれは盗品売買という立派な犯罪です。

 最後に、この作品の根幹と言うべき碁打ちの各場面は、全然ルールが分からない私でもなかなか迫力ある演出でした。さすが白石監督の手腕と感心しました。でも、タイトルにあったとしても、あの一品と評価される高価な碁盤を真っ二つにするのは実にもったいないなあ(笑)。

 以上、久しぶりの時代劇は残念ながら殺陣は少なかったですが、人情ものの佳作として楽しめました。未見の方は是非、劇場に足をお運びください。

2024年5月24日 (金)

猿の惑星/キングダム

 猿の惑星シリーズの最新作「猿の惑星/キングダム」が前3部作「創世記、新世紀、聖戦記」の完全なる続編とは知りませんでした。そのため、冒頭「猿の惑星/聖戦記」の主人公シーザーが死んだところから始まるのには驚き、期待もしたのですが、その後すぐ、”数世紀(300年らしい)が経て・・”というナレーション(字幕?)がでて、全く違うお話になったのが拍子抜けでしたねえ。できたら、あの少女ノヴァの成長した姿を見たかった(笑)。私は、前シリーズでは特に”聖戦記”が気に入っていたので・・・。

Img_20240524_0001  それにしても、モーション・キャプチャーの技術の進歩はとどまるところを知りません。もう本物の猿ですし、演じる俳優の欠片も感じられません。第一、パンフレットにも演じる役者の顔写真もないのですから、演者としては悲しいですねえ。どうやら「アバター」の技術開発のおかげらしいのですが、映画はやっぱり映像だけでなく”物語”なのだとつくづく痛感しました。
 というのも、前半、知恵がつき、鷹匠ともいえるチンパンジーたちの集落での暮らしぶりの描写が延々と続くのですが、観客の私はいったい何を見せられているのかと退屈になるほどです。観終わって振り返っても、あれほど長く描く必要性があんまり感じられません。鷹を自在に操れることだけ描けばよく、リアルなチンパンジーの”幼友達”というのは全くもって萌えません(笑)。だって男女も老若も見かけも見わけも付かないのですから。

 中盤になってやっと、前シリーズで知性を失った筈の人間のメスが登場です。さらに、そのメスを追いかけるゴリラ軍団の襲撃です。これでやっと面白くなると思ったのですが、なかなか話が前に進みません。それに、細かな設定でいろいろ引っかかるのです。
 まず、人間のメスが汚れ姿ながら服を着ているのです。まあ、これはラストへの伏線になるのですが、一方で、野生(?)の人類も群れで登場しますが、何故か、第1作に登場するような衣装(?)を身にまとっています。とても衣服を着るという知恵があるとは思えないのです。一方で、知恵のある猿たちは腰巻もなく全裸です(笑)。まあ、セリフで”人は寒さに弱い”といっていますので、”毛のある猿は服を着ると暑い”のでしょう。そう理解しましょう(笑)。当然、オスもメスも性器の描写はありません(笑)。こんな些細なことが気になって作品に集中できませんでしたねえ。映像がリアルになる分、設定はち密にしてほしいものです。

 後半は、人間の知恵を活用したゴリラ”プロキシマス・シーザー”の登場です。大げさな名前の皇帝なのですが、副題の”キングダム”の規模がなんともしょぼいのです。堤防に守られた海辺の難民キャンプですねえ。完全なタイトル負けです。しかも、やっていることは、奴隷たちの人(猿)力で、人類の旧要塞の扉を開けようとしているのです。名前の所以にしても要塞の攻略にしても、そのシーザーの行動の陰には、意外な奴が介在しているのですが、これは是非映画をご覧ください。しかし、津波でもないのにあんなに水位が上がるかな・・いや、独り言です(笑)。

 なお、この映画のミソは、チキンとした服を着ていた人間のメスだったのです。彼女の秘密が途中で突然明かされ、主人公のチンパンジーと途中仲間となった知恵のあるオランウータンがあ然とする姿が必見です。まさに顎が外れた感をCGで見事に表現しています。漫画的ともいえる誇張した表現方法に感心しました(笑)。

 しかし、この人間のメスの行動は、まさしく”人間”らしく、目的のためには手段を択ばないというもので、”エイプはエイプを殺さない”という猿たちには衝撃の展開を見せるのです。そして、彼女の本当の目的が分かった時には、”知恵のある”オランウータンが薀蓄として語った前シリーズのテーマ”猿と人間の共生”については、単なる幻想に過ぎず、前シリーズの主人公”シーザー”の生きざまへの大いなる疑問が呈されるのです。まあ、これだけ現実社会で、民族間、人種間の戦争が起こっていたら、理想論など共感が得られないのかもしれません。服を着た人間の登場は、このシリーズ自体、おおきく変質していくような気がして、不安になりました。次回作があるとすれば、猿たちの運命が気の毒になります。”民族虐殺映画”などはあんまり見たくありませんねえ。 

2024年4月28日 (日)

ゴジラ✕コング 新たなる帝国

 ハリウッド版ゴジラの最新作「ゴジラ✕コング 新たなる帝国」ですが、あの「ゴジラ-1.0」を観た後ではなんとも微妙ですねえ。まず、最初に気になったのは、このタイトルの”X”の読み方です。日本語では単に”と”か、あるいは”バツ”や”かける”なのか?英語読みだと”タイムズ”ですが、まあ、”エックス”ぐらいがが妥当かなと思ったら、ネットでみると、”ゴジラ、コング”と読んで”X”は発音しないそうです。

Img_20240426_0001  内容は、もう昭和の怪獣映画黄金時代の末期、ゴジラシリーズが完全にお子様相手になった頃の作品を彷彿させます。ただ、ハリウッドらしく巨額の資金を投入したVFXの凄さには感心します。冒頭のコングの迫力はやっぱり大したものです。単純に驚きます。
 地球の空洞世界でのコングが巨大なヘビのような怪獣などと次々と戦う姿は、初代”キングコング”へのリスペクトが感じられ、好感が持てます。まあ、”コングの息子”にも目配りしたようなストーリー自体、完全にキングコングの物語です。前作もそうでしたから、結局は”ゴジラ”は添え物ですねえ。

 それにしても、コングが虫歯になるなどそもそも”怪獣”いや”タイタン”とは何かと、はなはだ疑問になりました。やはり日本人とアメリカ人との感性には相当な違いがありますねえ。もはや、完全な子供だましのキャラクターになっています。ゴジラが軽快に走り回り、岬のてっぺんから豪快な飛び込みまで披露するのですから、とても恐怖の対象のゴジラではありません。完全な怪獣ヒーローですねえ。モスラの仲裁などにもあきれますが、なによりそのデザインが酷いです。なんとも救いようがありません。

 しかも、敵役がしょぼいのです。頭の禿げた赤毛の手長オランウータンでは役不足ですし、飼育している冷凍怪獣(冷凍は流行かな?)も本来はもっと凶暴でなければなりません。ほかにもいろいろ”怪獣”らしき巨大生物が登場しますが、やっぱりデザインがイマイチですねえ。思えば、黄金時代の日本の”怪獣”のデザインがなんと素晴らしかったのかと、改めてそう感じました。

 以上、なんとも印象のうすい怪獣映画でした。ただ、私のお気に入りのジャンルの作品なので、できれば世界中でヒットして、続編ができることをお祈りしております。
 それにしても、劇場パンフレットの1,100円は高すぎます。赤と紫のエンボス仕様のカバー付きであることも値段が高い要因かもしれませんが、まず、パンフレットは、中身の記事で勝負してほしいものです。本編と一緒で内容が薄かったのが、本当に残念でした。

2024年4月 6日 (土)

ゴーストバスターズ/フローズンサマー

 ゴーストバスターズの新シリーズの第2作目「ゴーストバスターズ/フローズンサマー」は、予想どおり”可もなく不可もなし”と言う作品でした。前作のオクラホマの片田舎からオリジナルの舞台であるニューヨークに移って、お馴染みの消防署がバスターズ本部となっているのは大いに結構です。さらに、実質的な主演が15歳の少女を演じるマッケナ・グレイスであることが最も評価するところです。なにしろ、キャプテン・アメリカと共演した天才少女役の「gifted/ギフテッド」からのファンなのです。前作よりも大人びており、今後の成長がかなり期待できる女優さんです。製作サイドもよくわかっているのでしょう、物語はアントマン(笑)ではなく、よくも悪くも彼女を中心に進むのです。そうです、天才科学オタクの彼女のお転婆ぶりと困惑(?)こそがこの作品の見所なのです。

Img_20240406_0001  一方、ストーリーは今一つ盛り上がりません。まず、未成年の彼女の”児童労働”という反ゴーストバスターズの市長からの”横やり”などは、こんな児童向けのジャンルの映画では意表を突く試みでしょうが、まあ無粋というものでしょう。第1作でゴーストバスターズを陥れた役人を演じた俳優をわざわざ起用しています。正直、彼が市長で登場した瞬間、映画「ダイハード」の嫌味なテレビレポーターを思い出しました。ほとんど容姿に変化は無く、さすが当たり役というか、いつもこんな役ばかりなのですねえ、御愁傷様です(笑)。でも、その起用もむなしく、残念ながら一向に面白くならないのです(笑)。

 つぎに、ゴーストなどの騒動による大被害は、結局ゴーストバスターズの面々の迂闊な行動が直接の原因となっている展開なので、万事解決しても、どうも素直に喜べません。そっとしておくべきところを興味本位で安易に手を出して大惨事を引き起こしているのですから、まさしくマッチポンプなのです。町の損害が気になってどうも観ていて心から笑えません。アメリカ人は笑えるのかな?

 そして、致命的なのが、今回のラスボスである悪神ガラッカの”竜頭蛇尾”ぶりです。散々その恐怖を煽ったあげく、なんとも軟弱者(笑)なのです。海を凍らせ、無数の氷の棘を乱立させたものの、何故か人間には全く当たりません(笑)。しかも、ラストのゴーストバスターズとの決戦では、主人公達が攻撃できるようになるまでのドタバタ劇をただただボケ~と待っている(笑)というのも意味が分かりません。演出が間延びしており、興ざめなのです。ここは大きく減点ですねえ。要するに盛り上がらないのです。

 まあ、あまり細かなことを考えずに、オリジナルのゴーストバスターズの雰囲気を味わってください。そういう映画でした。

2024年3月31日 (日)

葬送のフリーレン

 日本テレビで放映されたアニメ「葬送のフリーレン」第1シーズンが先日終了しました。「週刊少年サンデー」で連載中の少年漫画が原作らしい(こちらの方は未見)のですが、そのアニメ化作品にすっかり感心したのです。日本テレビと言えば、「セクシー田中さん」のドラマ化で原作者の同意なくて原作を勝手に改変するという悪事が明るみに出たばかりなのですが、どうやら、これはテレビという業界の中で思い上がったプロデューサーと、業界の中ですら”原作クラッシャー”と呼ばれる脚色家(やっぱり、米国アカデミー賞のように脚本家とは区別した方がいいよねえ。)の仕業らしいのですが、問題はこれまでも同じような改悪事件を繰り返してきたようですから悪質です。思えば、映画でもこの脚本家によって全く面白くない筋立てに換えられた作品もあったことも今回発掘されました。(当ブログ2009.5.5「鴨川ホルモー」参照)。まあ、テレビ業界がその温床なのかもしれませんが、これを契機に改革してほしいものです。それにしても脚本家協会も酷いですねえ。

 話がすっかり横道にそれましたが、このアニメは、どうやら原作通りに製作されているようです。いや、それどころか、原作のわかりにくいところを実にうまく処理して、原作者の意図をより効果的に見せているようで、その演出に賛美の声(youtube)が多数挙がっています。原作との違いは分かりませんが、今回のアニメは演出が実に巧妙で上手いということは実感します。

 具体的にいうと、映像的には、一見手抜きのようにも見える静止画の演出が見事です。静かなズームやアップで魅せつつ、わずかな最小限の身振りや口元を一寸ゆがめる演出で、心理描写をうまく表現します。登場人物のデザインがスタイリッシュですのでなんとも効果的で、しかも作画の手間も省けます(笑)。背景画も無理してリアルに凝らなくて良いノダ。あののんびり風景で丁度なのです。
 もっとも、魔法のバトルシーンは、シリーズの後半になるほど、やたら派手になっていくのですが、これは”静止画(手抜き)への批判”への対抗措置かな?そんなこと気にしないでください(笑)。

 そして、声優の感情のない、まるで棒読みのようで、実は味があるセリフ回しも良いなあ。フリーレンの声優のそっけなさは癖になります。他の登場人物とのやりとりも、絶妙のタイミングのずらし方などで笑えます。加えて、音楽も良いねえ。特に、前半クールのオープニングのYOASOBIの「勇者」の主題曲に魅せられました。うん、実に素晴らしい。

 でも、やっぱりストーリーの秀逸さが際立っています。異世界(ファンタジー)ものにありがちな魔王討伐ではなく、その後の物語なのです。第1話で年老いた勇者ヒンメルがあっけなく死んでしまう展開にはあ然としました。そして、その後の長命のエルフ”フリーレン”の人間を知るための旅路で、様々なエピソードが勇者の冒険の回想とともに綴られます。ここは原作の力なのでしょうねえ。
 さらに、アニメでは、いつも予想の斜め上を行くセリフや意表を突く行動などによって、エピソード毎に一寸としたカタルシスを感じさせるように演出されているのに感心するのです。これが実に楽しめるのです。まさに原作の魅力を生かした演出ということなのでしょうねえ。お見事でした。監督の斉藤圭一郎氏の名前を記憶しましょう。
 それにしても、次のシーズンまでのロスが長いなあ。配信もあるので見返しもしていますが、一日も早い第2シーズンの開始を待っています。

 

2024年3月21日 (木)

デューン 砂の惑星 PART2

Img_20240320_0001  第1作の前作「デューン 砂の惑星 PART1」では、見たこともない宇宙船のデザインなどの映像美に圧倒された(当ブログ2021.10.20参照)こともあり、この後編「デューン 砂の惑星 PART2」には大変期待していました。

 その期待が大き過ぎたせいなのでしょうか、それとも、前編の画期的なビジュアル等に慣れてしまったのか、観た後の感動がまったく盛り上がらないのです。もちろん、本物の砂漠を撮影した迫力と実にリアルなCG映像との合成の凄さなど、あいかわらず圧倒的な映像は健在なのですが、なんとも心が弾みません。それどころか、空想の惑星の砂漠や風俗文化があまりにも現実のアラブ世界を再現し過ぎているためか、現在の中東情勢などが生々しく重なり合ってしまい、SF映画としてのお楽しみが割引かれます。どうも、私のように現実を忘れ、能天気に映画を楽しみたい観客には少し苦手な作品になりました(笑)。

 いや、こうした感想こそ、原作小説やドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が描きたかったテーマなのでしょうが、あまりにも現実を突きつけられたような気がして、心から楽しめないのです。パンブレットによると、宗教の狂信性や”救世主”思想への懐疑を浮き彫りにしている面が評価されているようですが、主人公ポールが”救世主”になることに悩むシーンがあまりにも延々と続くので、狂気の白塗り坊主頭の敵役や皇帝までも登場するものの、なんかストーリーにインパクトが感じられません。

 また、最後の救世主の勝手な”行動”をヒロインが拒否するシーンは、どうやら原作とは違って、映画オリジナルで”自立する強い女”の設定になっているそうですが、個人的に演じる女優さんがあまり贔屓でないので、まあ、どうでもいいのです(笑)。

 それにしても、民衆の信仰心を煽って、大きな戦争へ”同胞”を駆り立てていくラストは、現在の世界情勢を念頭に置くと、寓話にしても恐ろしい気がします。一方で、デビット・リンチ監督の旧作のように、雨を降らす奇跡も起きず、単に惑星間戦争への突入というところで上映時間166分が終わったのは、SF物語としては尻すぼみというほかはなく、ミーハーの私などはなんとも物足りなさを感じました。どうやらPART3を想定しているかもしれませんが、やっぱり話をきちんと終わらせてほしかった。
 デビット・リンチ監督の”ブリキ製”のようなチープで通俗的な旧作「砂の惑星」を再見したくなったなあ(笑)。

2024年2月24日 (土)

透明人間

 以前から気になっていた映画「透明人間」のスチールブック版ブルーレイ中古品を購入しました。透明人間というとHG・ウェルズのSF小説の古典を原作にして「カサブランカ」の風見鶏の警察署長を演じた名優クローズ・レインズの主演で1933年に映画化した「透明人間」によって、フランケンシュタインの怪物やドラキュラ、狼男、ミイラ男と並ぶユニバーサル映画の古典的な看板モンスターの1柱となっています。その後も、何度も再映画化されており、最近の主な作品では、2000年公開のケビン・ベーコン主演の映画「インビジブル」が印象に残ります。CGを使って透明化の過程を延々と見せるなど、いかにもポール・バーホーベン監督らしいグロシーンが有名です。全然、面白くなかったけれど・・(笑)

 それにしても、”透明人間”という存在は、考えてみれば、薬を飲んで透明になるものの、実は全裸で行動しなければならないという大きなハンディがあり、正直、”覗き”ぐらしか役に立たないのではないか、という気にもなりますし、くわえて、最近のユニバーサル・スタジオが古典のモンスター達を今世に復活させたいとして企てた大プロジェクトは、トム・クルーズを主演に迎えた「ミイラ男」が大コケをしてしまい、立ち消えになって現在に至っています。

 こうしたことが、私が2020年公開の「透明人間」を敬遠していた背景ですが、もう3年も経過しましたので、今回、思い切って観てみることにしました。決して”円盤が安かったから”という理由ではありません(笑)。

Img_20240223_0001  さて、映画は、夜中の3時ごろ、豪邸のベッドから女がこっそり抜け出すところから始まります。男は眠ったままであり、まったく訳がわからないものの、なかなかどきどきします。床の犬のエサ皿を含めてペットには注意しましょう。決して良いことはありません(笑)。
 結局、天才科学者で大富豪の夫のモラハラから逃げ出す女のお話なのです。
 主演はエリザベス・モスという女優さんで有名な演技派だそうです。さすが、夫の影におびえる姿は、目の下のクマのメイクアップもあって鬼気迫る演技です。逃亡した友人宅で”部屋に透明人間が居る”という彼女の訴えは、もはや精神病を病んでいるとしか思えないほどの尋常ならざる迫力があります。
 もっとも、観客の立場からすると、私などは吐く息も白くなる寒い中、透明人間が家の内外を全裸で徘徊していることを想像して、ややシラケていたのですが、いやあ、今作の透明化の方法に愕然としました。嗚呼、これが21世紀型なのかと、一寸、感動しました。それに、病院で顔に包帯を巻いた患者さんの姿を見せるなど、オリジナル作品へのオマージュもあって非常に好感が持てます。

 そして、主人公を追い詰める夫の病的な手口が徐々に明らかになるにつれ、本当に鳥肌が立ちます。頭が良い人間の狂気さはとんでもないと改めて教えてくれます。自殺を偽装した夫は、財産管理者である兄を使って、40万ドルの遺産を餌に主人公を追い詰めます。主人公も必死に抵抗しますが、事態はどんどん悪くなります。逃亡先の友人(警官)とその娘にも嫌われ、頼みの綱の主人公の妹とも仲たがいを仕組まれます。その後、さらなる非情な罠にはめられて半狂乱となった彼女は、精神病院に措置入院させられます。もう万事休すとなった病室から、主人公の反撃が始まります。なんかアルフレッド・ヒッチコックのドラマを思い出しました。

 しかし、反撃開始からもなかなか話が一転二転、さらにとんでもない展開となって一体どうなるんだと思わせて、衝撃のラストを迎えます。ああいうオチは倫理上問題は無いのか? でも、あれだけやられたらしかたないよねえ。ダーティ・ハリー以降、赦されます(笑)。
 なんとも、大変疲れましたが、映画としては大変よくできていました。まあ、しいて欲を言えば、劇中で主人公が富豪で天才科学者である夫に問いかける”何故、私なんかにこだわるのか”というセリフではないですが、”玉の輿”という設定にはやっぱり”絶世の美女”が前提です。ここがやっぱり凡夫には不満ですねえ(笑)。

2024年1月28日 (日)

ゴールデンカムイ

 漫画原作を実写化した映画「ゴールデンカムイ」について、私自身は原作漫画を全く知らなかったのですが、娘が原作漫画の大ファンだったなので、久しぶりに親子二人で観に行きました。なお、女房殿はすぐに寝てしまうのでお留守番です(笑)。

 Img_20240127_0001 さて、この映画は、youtubeなどでは”原作へのリスペクトが高く、キャストや各エピソードの再現度が凄まじいと原作ファンに好評なのです。まあ、大体、これまでの漫画実写映画は、原作に興味もない有名監督が好き勝手に改変して原作ファンの大顰蹙を買って自滅するというパターンが多かったですからねえ。いいかげん映画会社も学んだのでしょうか。
 調べてみると、漫画の実写化で例外的に評価の高い「キングダム」と同じ製作プロダクションであり、主演も同じ山崎賢人さんです。すっかり漫画映画化の立役者です。縁起を担いだのかな(笑)?。
 当初、主人公”不死身の杉元”を演じるには、体格的に線が細いと原作ファンから不評だったようですが、いざ公開すると一転して大好評なのです。どうやらかなり体を鍛えて作ったらしい。実際、銭湯で傷だらけの裸を見せるシーンがあるのですが、筋肉もりもりに仕上げています。その役者根性は立派です。「キングダム」の大沢たかおに刺激を受けたのではとも思います。それに加えて、漫画原作を読むと、その前歴や人となりの設定などから元からキャスティングは正解ではなかったかともと思えます。

 内容は、日露戦争で”不死身の杉元”と呼ばれた主人公がアイヌの少女と一緒に、黄金の隠し場所の地図を体に入れ墨した24人の脱走死刑囚を追うなかで、クーデターをもくろむ陸軍最強と言われた第七師団や元新撰組の土方歳三らのグループとの三つ巴の戦いをするというストーリーです。原作漫画は、全31巻で完結しているのですが、今回の映画の内容は、3巻、4巻ぐらいまでのエピソードで、まあ、”序章”と言うところです。

 まず、冒頭の日露戦争の203高地の突撃シーンがなかなか見ごたえがあります。犬ぞりシーンなども手に汗を握りました。「キングダム」もそうでしたが、最近の邦画アクションのレベルは確実にあがっており、本場ハリウッドと遜色はないと思えます。いつから邦画のアクションが変わったのか、どなたか詳しい方がいれば教えてほしいものです。この映画の久保茂昭監督は、ミュージック・ビデオで有名で映画としては「HiGH&LOW」シリーズで名を成した人のようで、大したものです、感心しました。

 撮影には北海道ロケを敢行し、その美しい大自然と大規模(に見える映像)なセット等には、本当に日本映画らしからぬスケール感があって見応えがあります。明治時代の小樽の街やアイヌの部落のリアル感には圧倒されます。また、パンフレットによると衣装や小道具も本物志向で入念な準備等を行っており、とにかく”コスプレに見えないように”配慮したといいます。そのおかげで、本当にリアルな明治の北海道の映像が出来上がっています。最近の女性向けのコスプレ映画の製作陣は”爪の垢”でも飲んでほしいものです。

 そして、極めつけは、登場人物の原作イメージの忠実な再現です。実は、原作ファンの娘はコミック全巻を持っており、映画鑑賞後、娘から借りて一気に読んだのですが、漫画を読んでいる最中に先ほど映画でみた俳優達の姿やシーンが被ります。よく言われるコマから抜け出てきたような、ということの逆でした。まあ、それだけよく実写化できている証左です。
 俳優では、最大の敵である第七旅団のリーダーである鶴見中尉を演じた玉木宏が目立ちます。戦争で吹き飛ばされた頭蓋骨の前頭部を覆うホーロー製の額当てなどの不気味な姿をリアルに再現した特殊メイクで、漫画の動きを実際の演技で実体化したその怪演はアカデミー賞ものです。その他の登場人物も、双子の兄弟をはじめ、実によく原作の雰囲気を伝えています。ここでは、そのうち一人だけ”脱獄王”を演じた矢本悠馬を特筆します。実際の漫画の”絵”とは役者の”見た目”は若干違いますが、役者の動きやセリフの中で生き生きとリアルにイメージが再現されます。ふんどし一丁で牢屋の窓からの侵入するシーンは絶品です。そう、これが本当の実写化というモノですねえ。これはキャスティングの見事さと俳優の熱演を褒めたいですねえ。

 以上、実に面白い映画でした。最後に、続編への登場が予定される人物たちの映像も流れます。はやく続編を決定してほしいものです。しかし、映画鑑賞後、原作漫画を読んだと言いましたが、とにかく登場する人物のキャラクターが”とんでもなさ”すぎます。映画「サイコ」や「羊たちの沈黙」ばりの変態野郎や女郎たちがわんさか出て来ます。予算とは別の意味でとても映像化できないのではないかとも思えます。どう料理するか、監督や製作陣の原作愛に期待しましょう。

2024年1月26日 (金)

ジャニー・ギター

 最近購入した映画音楽のCD(当ブログ2023.12.31参照)を聴いていて、西部劇の名曲「ジャニー・ギター」が主題歌となっている映画を観たとが無いことに気がつきました。いまやスタンダードとなっているほどの名曲なのですが、私の学生時代では、この曲が使われた映画「大砂塵」については、”なんとも出来が悪い西部劇”という評価が一般的であったため、私の好きなジャンルである西部劇なのに、これまで一度も見る機会を得ようとはしませんでした。

818vrzgqdvl__ac_sx300_sy300_ql70_ml2_   でも、今回、映画音楽を聴き直したことを契機に一念発起し、西部劇「大砂塵」のブルーレイをアマゾンで探してみました。ところが残念なことに、DVDもブルーレイも既に絶版です。プレミア商品は高額で手が出ませんしねえ。
 ただ、現在この作品は再評価もされており、最近”復刻シネマライブラリー”でブルーレイが少数再版されていたようです。そこでヤフーオークションを調べてみると、比較的安価な中古品が出品されていましたので、即ゲットしました。

 さて、作品の感想の前に、日本語タイトルの「大砂塵」という由来は、主人公らしいギターを背負った男が現れる冒頭にいかにも西部らしい砂塵が舞うことからなのですが、まあ、それだけなのです(笑)。
 劇中でその男は”ジョニー・ギター”と名乗り、それが本来の原題のタイトル「ジョニー・ギター」となっています。
 でも、主題歌は”ジャニー・ギター”なので、若干カタカナ表記が違うのですが、そのあたりのことは、ブルーレイの特典の小冊子には何の説明もありません。どなたか知っている方は教えてください。
 実は、復刻ライブラリーのブルーレイ特典の小冊子の解説がなかなか面白く、毎回楽しみにしているのです。この作品についても、後で詳しく説明しますが、当時の評価とその後の再評価、そして、この作品の製作の背景が実に興味深いのです。

 内容にもどりますと、男は砂塵の中、荒野にある一件の酒場(町中にないのだ!)にたどり着きます。其の酒場の外観は、西部劇らしくない邸宅で、何故か後期スターウォーズに出てくる異世界の酒場を思い出させました。どうでも良いですが、これは多分真似していますよねえ(笑)。

 以下、小冊子の小ネタを交えて説明すると、この酒場の女オーナーを演じたのが、戦前からのスター女優のジョーン・クロフォードなのですが、この映画撮影時はもう50歳近い年齢だそうで、黒髪で目をぎょろぎょろさせて威嚇します。顔も大きく、とても美人のヒロインというイメージではありません。日本人の私には全然感情移入できません。こわいのです(笑)。

 物語は、その酒場の女オーナーと鉄道の敷設の利権にからむ地主たちとの争いなのですが、敵対する地主側の有力者が駅馬車強盗に兄を殺された妹という設定です。その女地主を演じるのは、当時ラジオ俳優からいきなりアカデミー助演賞を獲ったという演技派女優です。小柄でいかにも田舎娘というイメージなのですが、女オーナーの男友達への複雑な感情から、段々その狂気の行動を見せてくるのはさすがです。この人も怖いのです。

 しかも、男どもは大勢いるのに結局はこの女二人の戦いであり、西部劇の常連脇役のウォード・ボンド(顔見たらわかる)、まだ無名のアーネスト・ボーグナイン(痩せているので最初別人かと思った)、「駅馬車」の曲者役者ジョン・キャラダインなどが顔を揃えているのですが、なんとも影が薄いですねえ。みんな地主の小娘に唆されてリンチなどするのですから。まあ、いかにもアメリカの無法地帯という感じですが、それ以上に、なんともやりきれない展開が続くのは、どうやら当時のハリウッドの赤狩りの影響があるとのことです。監督も脚本家も巻き込まれたそうで、その感覚が作品に色濃く反映されているようです。いやあ、アメリカという社会は、今も昔もときどき”極端”に走りますねえ。

 そして、肝心な主演の筈のヒーローの男優さんがさらに一段と影が薄いのです。ギターしか持っていないものの、実は昔は凄腕のガンマンだったという設定もなんとも見せ場がありません。しかも、その持っていたギターも劇中ではほんと少しのさわりしか演奏せず、お目当ての主題歌「ジャニー・ギター」は、劇中では短いフレーズを2回しか披露されないのです。結局、この名曲はエンドロールでやっと全編披露され、それが大ヒット曲になるのですから、この曲の持つインパクトはそれだけ大きかったのでしょう。ただ、本編によるものではなかったというのがなんとも悲しいですねえ。

 ちなみに、ブルーレイ特典の小冊子によると、ジョーン・クロフォードはその後、あの老醜虐待スリラー映画「何がジェーンに起こったか?」に主演し、敵対する娘の役者も「エクソシスト」で悪魔の吹き替えを行ったそうです。まさしく”化け物対決”だったのです(笑)。なお、私は「何がジェーンに・・・」は見ていません。ストーリーを聞くだけで悍ましくて観る気は全くありません。

 また、当時この作品を"思わせぶりな気張った演出は苦笑。・・物々しき愚作と言うべき(中略)"と評したのは、双葉十三郎氏だったそうです。私は、この映画評論家について50年代からSF映画を正当に評価していた数少ない評論家として贔屓にしていた(評論全集も持っています。)のですが、どうやら海外作品のSFは褒めるものの、初代「ゴジラ」を貶していたようですので、どうやら”このジャンルはこうあるべき”という固定観念があったのではと少し幻滅を感じ始めています。
 確かに、この映画はいわゆる”西部劇”と言う感じの作品ではないですが、少なくても自宅でBDを一度も早送りにせず最後まで通して一気に観ることができましたので、愚作というほどのものではないと思います。
 実際、後年、フランソワ・トリュフォーなどが”ウエスタンの「美女と野獣」”と評価し、その後日本でも評価の見直しがなされたと聞いています。でも、和田誠氏が”男にはたばことコーヒーがあればよい”という劇中セリフを高く評価しているのは、すこし違うのかなと思いますねえ。だって、ラストは女とよりを戻すのですから(笑)

 そして、最後に一番驚いたのが、この作品が名作「カサブランカ」を元ネタにしているという脚本家の告白です。いやあ、男女逆転劇ですか?、でも、まったく別のものになってますよ(笑)。興味ある方は一度ご覧ください。

 

2024年1月20日 (土)

翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~

Img_20240120_0001  私は何故に映画「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」を劇場で観ることにしたのだろうと、かなり反省しています。まあ、第1作が面白かったような記憶がかすかにあったことや実は小学校時代からの友人が滋賀県に住んでいるのでその話のネタにしようと思ったことが気の迷いを生み、丁度”6本観たら1本無料”とい無料制度が使えたことから、封切りの最終日のナイトショーに滑り込みました。きっと魔が差したのですね。

 それにしても、前作も観た(2019.4.25当ブログ)のですから、ギャグのレベルはわかっているつもりでしたが、その斜め下を行く自虐ネタの設定ととんでもない展開にはついていけませんでした。実は、改めて第1作目のブログを読み返すと”この映画のギャグが性に合わない”というのが当時の感想でした。まったく早く読めよ(笑)。
 そして、冒頭の二階堂ふみとGACKTの絡みからもうドン引きです。特にGACKTの演技(?)には全く笑えません。しかも、今回は何故か関西が舞台で、その理由は”海なし県の埼玉に海を作るための白砂を獲りに和歌山に出向く”というストーリーなのです。笑えそうな設定なのに、演出のせいか全然笑えません。困りました。
 自虐ネタも、大阪の傲慢、京都の嫌味、神戸の蔑みはなんとなくわかりますが、げじげじの滋賀(ナンバープレートの”滋”の漢字の形の一部が”げじげじ”に似てるためということだが、正直そうは見えない)、シカばかり住む奈良、未開の地の和歌山などは、当事者でなければその面白みは分からないのですねえ。
 とにかく、全編を通じて、学芸会的な演技やむさくるしい衣装や陳腐なセットにあきれるばかりで、セリフの中の世相ネタのギャグにも反応できず、全く笑えませんでした。本当に途中で退席したかったなあ。
 まあ、大阪の”粉”文化や甲子園・通天閣のネタは、頭では面白いという気もしますが、なんとも中途半端なのです。唯一、滋賀の”リゾートビーチ”の追想が面白かったなあ。
 役者さんでは、大阪府知事役の片岡愛之助と滋賀のオスカルを演じた杏の大げさな熱演がもったい(笑)ないのだ。まあ、あの山村紅葉演じる京都のオバハンには笑えました、まるで”地”ですから(笑)。
 なお、埼玉県在住でこの”お伽噺”のラジオ放送を聞いている、滋賀県出身の主婦を演じた和久井映見のコミカル演技はさすがにプロでした。ほっとしますねえ。

 最初に反省しているように、本当につまらぬ映画を観てしまったのだ。公開当初の”前作を超えた”などという高評価のレビューは何処に行ったのか、だれか教えてください。やっぱり続編にそうそう傑作は無いのです(笑)。

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