侍タイムスリッパー
最近、たった1か所の映画館で公開された後、”実に面白い”と評判が評判を呼び、公開される映画館が増えているというSF映画「侍タイムスリッパ―」をやっと見ることができました。地元のTOHOシネマで何の予告もなく突然封切られたのです。まあ、”多分地方では随分先になって2番館あたりで公開されるのだろうなあ”と半分諦めていたのが、うれしい誤算です。ありがとう、TOHOシネマさん(笑)。
さて、ストーリーは、幕末の侍が現代の時代劇映画撮影所にタイムスリップして、時代劇の斬られ役として活躍していくという、なんともあ然とするような設定なのですが、とにかく時代劇、いや映画づくりに対する愛情が満ち溢れており、映画ファンなら自然に応援したくなるような物語なのです。しかも、大手映画会社の製作ではなく、安田淳一という個人が監督、脚本、撮影、照明、編集などをこなす自主映画というのですから、高校時代に8mm映画を撮っていた者からすれば、もう奇跡のような作品です。
しかも、”自主映画”という悪い意味の安っぽいイメージは、開巻、お寺の前で侍二人が待ち受ける場面からいきなり吹き飛びます。映像がきれいでしっかり落ち着いています。また、殺陣が始まったとたん鳴り響く太鼓の演奏に驚きました。いかにも”時代劇の始まりでっせ、楽しんでやー”というようなまっすぐな勢いには感動しましたねえ。音楽は誰が担当したのでしょうか、知っている方がいらっしゃれば教えてください。
その後、タイムスリップした侍の目を通して、時代劇をつくる京都撮影所の現場や切られ役たちの生きざまをコミカルに描いていきます。主演の山口馬木也さんと撮影所長役の井上肇さん以外の役者さんはよく知りませんでしたが、考えれば、自主映画という少ない予算で、少なくても数人の名の知れた役者さんを雇い、本物の東映時代劇撮影所で撮影していること自体も奇跡かもしれません。こうした無名の役者さんたちを含めた出演者の熱演やスタッフ達の目に見えない努力により、観客の期待を超えた、笑いと人情あふれる映画作りにまつわるドラマが完成したのだと思います。ちなみに、竹光に真剣の重さをもたせる演技などは、昔から言われていることなのですが、映像にすると、殺陣の深みや面白さが良くわかります。なんといっても、日本人なら誰も時代劇が好きなのですから、多分(笑)。
映画のラストは、真剣による決闘の撮影という事態になって、「椿三十郎」なみの長いにらみ合いが始まるのですが、そういえば、山口馬木也は仲代達矢に似ているなあなどと頭の片隅で思ったりしながら眺めていると、”あっと驚く為五郎(我ながらさすがに古いフレーズとは思いますが、なんともぴったりなオチ表現なのです)”的な決着で実に感心しました。うん、伝説の「カメラを止めるな」現象を一寸彷彿させる、見事な脚本です。若侍役の加山雄三ではないですが、おもわず”お見事”と言いたくなりました。
とにかく、時代劇への思いや映画作りの現場の楽しさをストレートに描いた心温まる映画でした。映画ファンならぜひ見てください。
それにしても、当地の劇場での取り扱いが無く、やむなくオークションで買い求めた劇場パンフレットによると、安田淳一監督という人は、1967年生まれで、大学卒業後、ブライダルやイベントのビデオ撮影業に携わり、商業映画として2014年「拳銃と目玉焼き」2017年「ごはん」を監督したそうです。そして、2023年家業のコメ農家を継いだものの赤字経営で、当映画の完成時には手持ち金が数千円だったことがネットで話題になっていました。いやあ、経歴からも凄い人ですよねえ、大したものです。撮影裏話のほうも面白そうですねえ。ちなみに、この映画の脚本の良さのせいか、東映のプロデューサーが格安で便宜を図ってくれて、撮影所が暇な夏場にセットの使用や関係スタッフの支援が可能になったという話はうれしいエピソードです。このプロデューサーの心意気によって、映画の中でもふれている過去に時代劇映画を捨て去ったという”東映”を少しは見直した(笑)というのはやっぱり言いすぎかな。とにかく、こうした関係者の協力を取り付けながら見事な作品を完成させた安田監督さんには心から敬意を表します。これからも頑張ってください。
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