無料ブログはココログ

« アメリカ流転の1950ー2010s | トップページ | ワールドツアー上映「鬼滅の刃」上弦集結そして刀鍛冶の里へ »

2023年2月11日 (土)

忠治旅日記

 サイレント映画の金字塔と評される1927年(昭和2年)に製作された「忠治旅日記」は、オリジナルネガやフィルムが消失し、長らく「幻の映画」となっていましたが、1991年12月に広島県の民家から発見された35mmフィルムを基に2011年東京国立近代美術館フィルムセンターでデジタル復元したものが今回国立映画アーカイブの協力によりブルーレイとして発売されました。

61hdylezfl_ac_sx342_  この作品は、1959年キネマ旬報社の「日本映画60年を代表する最高作品ベストテン」で第1位を取り、有名な映画評論家の佐藤忠男氏は、ソ連映画史の「戦艦ポチョムキン」、アメリカ映画史の「イントレランス」に匹敵する地位を占めるなどと絶賛のコメントをしているそうです。
 つまり、私の子供の頃から幻の名作として名高く、一度は見たかった作品だったのです。
 もっとも、映画の草創期に製作されたものであり、監督の伊藤大輔氏は”移動大好き”と言われるほどの移動撮影の巧みな人らしく、この作品でも、移動撮影、表現主義的技法、激しい立ち回り、字幕の巧妙な使用などが従来にない時代劇と高く評価されているのです。まあ、歌舞伎の様式美の延長線上の作品の多い当時の映画の中では、高い評価だったのかもしれません。もっとも、私には「イントレランス」のブルーレイを観たものの、あまりの退屈さに途中で中断した悲しい経験があり、現在の作品に慣れた”私の鑑賞眼”には歴史的な価値はほぼ無意味であり、正直、見たまま、感じたまましか評価できないのです。脳内変換は無理(笑)なのだ。

 今回の「忠治旅日記」の復元は全編111分で、第1部「甲州殺陣篇」第2部「信州血笑篇」第3部「御用篇」のうち、第2部の一部と第3部ということです。まず驚いたのは、オリジナル染色の赤と青の画面です。実に観難いのですが、当時の観客は一種のカラー版として喜んでいたのでしょうかねえ、全くわかりません。そして、”表現主義的技法”なのでしょうか、役者の演技が実に大げさです。”アヤヤ、オヨヨ”おじさんこと大河内傳次郎(バロン吉元の漫画「どん亀野郎」の表現)も若いのですが、歌舞伎の”睨み”の見得をこれでもかと連発します。この辺も歌舞伎の素養のないせいかなかなか馴染めません。リアルで迫力ある殺陣というのもただただ激しく動くだけで、その場で飛び上がる歌舞伎特有の殺陣を小技的に入れて来ます。まだまだ歌舞伎の呪縛が及んでいるのかな?・・・チャンバラ映画史的には黒澤明の「用心棒」や「椿三十郎」まで続くのかもしれません(笑)。

 さらに驚いたのが、忠治の妻お品の大きなカツラです。自頭が大きいのか、良くわかりませんが、とにかくデカいのです。昔はこんな日本髪があったのかなあと、正直疑問でした。造り酒屋の大きな桶の干場も驚きです。多分、ロケなのでしょうが、昔はああいう風景が普通に見ることができたのでしょうねえ。一方、場所が上州のせいか、松林のある街道筋などの現在では全く見ることのできない景色がなかったのは残念でした。

 しかし、一番驚いたのがストーリーなのです。主人公の国定忠治は途中で中風のため半身が不随になり、戸板で手下に運ばれ、逃げ回るという展開なのです。いやあ、これには驚嘆しました。忠治は白目で睨むだけの演技に終始します。いやはや驚きのあまり、倍速にもせず、最後まで見てしまいました(笑)。ほぼ100年経過しても、最後まで観ることができるという意味では、これはやはり”名作”なのかもしれません。まあ、とにかく長年気になっていた作品が観ることができたことに感謝しましょう。国立フィルムセンター様ありがとうございます。あとできれば、忠治が落ち目でなく元気な第1部「甲州殺陣篇」を観てみたいと思うのは欲張りでしょうか。もっとも、次の復元では、オリジナル染色ではなく普通のモノクロでお願いします(笑)。

« アメリカ流転の1950ー2010s | トップページ | ワールドツアー上映「鬼滅の刃」上弦集結そして刀鍛冶の里へ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« アメリカ流転の1950ー2010s | トップページ | ワールドツアー上映「鬼滅の刃」上弦集結そして刀鍛冶の里へ »

2026年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31