NOPE/ノープ
いま話題の黒人監督ジョーダン・ピールの新作「NOPE/ノープ」は、賛否が分かれている作品です。この監督さんの「ゲット・アウト」や「アス」は人種差別をテーマにした斬新な演出で評判でした。もっとも、私は、これらの作品の深刻なテーマに恐れをなして、まだ見ていません。動画配信もあるのですが、どうにも心の準備ができない(笑)のですねえ。
ただ、今回の新作は、そうした重いテーマではなく、決して見てはいけないという正体不明の空飛ぶ物体のお話という、実にSFぽい作品らしいということで、公開最終日に劇場に足を運びました。
映画のプロローグは、全く予想外の場面から始まります。チンパンジーの殺人現場なのです。頭に疑問符がついたまま、ロスアンゼルスの郊外の馬の牧場のシーンに変わります。黒人の牧場主が馬の調教中に息子の目の前で空からの落下物で死亡します。まったく物語の展開が見えませんが、能天気で口八丁な妹の登場によっても、何故かスリルだけが盛り上がっていきます。
でも、やっぱり監督の持論テーマがしっかり描かれています。映画フィルム第1号となった”馬が走る映像”、その騎手が黒人だったがその名前は誰も知らないという逸話が語られるほか、何故か、隣にあるテーマパークの韓国系の東洋人オーナーが、冒頭のチンパンジーの殺人が起こったテレビ番組の子役だったことが明かされます。どうして、こんなエピソードが挿入されているのか、不思議でしたが、ポケットサイズの劇場パンフレットを読んで初めてわかりました。
ネタバレになりますが、本筋と全く関係ないので説明しますと、”チンパンジー”は東洋人の別称であり、その猿が白人を殺すというエピソードを描くことで黄色人種差別を訴えているそうなのです。そういえば、白人の娘を撲殺したチンパンジーは、東洋人の子役には親愛の情を示していました。多分、ここが監督の主張したいことなのでしょうが、娯楽映画作品としては余計な脇道のような気がします。しかも、前半から延々と続きますからので、本当に何が何だかわからなくなります。
それよりは、もっとストレートに”空飛ぶ物体”に焦点を絞ってほしかったものです。後半は、空の”トレマーズ”との戦いの物語になります。それが予想以上に面白かったのです。さすが注目されるだけの力量はある監督さんだと感心しました。
空飛ぶ物体を撮影するため監視カメラを設置した電気屋の若者の登場をはじめ、中盤に起こる隣のテーマパークでの”謎の惨劇”を知って協力を申し出る、伝説の記録映画家などはなかなか人物設定も面白く、無口な黒人の息子もだんだんヒーローらしくなります。
しかし、それ以上に、キャメラが凄い。牧場から見えるなんでもない渓谷と空を映して、実に美しい映像になっています。どうやら、キャメラマンがあのクリストファー・ノーマン監督と組んで有名なホイテ・ヴァン・ホイテマという人らしい。いやあ、どこがどう違うのか、わからないけど、広大な風景を見事にスクリーンに写しているのです。そんなリアルな風景映像の中で、”動かない雲がある”というセリフは衝撃的でした。
そして、徐々に姿を現す謎の物体、UFO(空飛ぶ円盤)とばかり思っていたら、最後は、”新世紀エヴァンゲリオン”の使徒の実写化のような正体をさらけ出し、見えない敵の位置を把握するための赤や黄色のバルーン群の脱力感も伴って、斬新でシュールな戦いを見事に映像化しています。いやあ、この後半の怒涛の展開はなんとも素晴らしい。本当に無駄なエピソードをそぎ落とし、このエイリアンとの戦いに的を絞ってストレートに描いておれば、SF映画の傑作になったと思います。それでも、”SFエイリアン物”好きの私としては後半だけで十分面白かったと評価します。
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