犬神家の一族
またまたYoutubeのWOWOWぷらすとの番組紹介です。WOWOWの映画「金田一耕助」シリーズの一挙公開にあわせた特集です。タイトルは「春日が語る金田一」という座談会で2015年5月15日配信という随分前のものですが、これがちょいと面白いのです。
日本映画研究家(ちょっと変化していますが)の春日太一氏が登場して2時間、市川昆の角川映画第1作「犬神家の一族」への愛を熱弁します。曰く、”この作品は、市川崑のすべてを集大成したもの”という評価なのです。
黒澤明監督らと「四騎の会」のメンバーでもあった巨匠をもってこの角川映画を集大成といわれれば、私のような年寄りには少し違和感がありますが、その後の彼の分析を聞くとそんな気もしてきますから、面白いものです。
さて、春日氏によると、この映画の当初の脚本はオカルト風の内容だったのですが、角川社長が難色を示してやり直したそうです。まあ、これから横溝正史ミステリーを売り出そうとしているのに、オカルトでは出版社は困りますよねえ。しかし、映画界には”ミステリーは映画化できない”という常識があったそうです。その証左として、春日氏が挙げたのがヒッチコックの言葉で「私はサスペンス映画を作ってきた。ミステリーにはエモーションがないから。」というのがあるそうです。(寡聞ながら出拠はわかりません。)要は、犯人あての知的な謎解きは観客のハラハラドキドキ感をそぐものだということです。しかし、市川崑監督は、この作品で最後まで観客が楽しめる完璧なミステリー映画に挑戦し、成功したと力説します。
その市川崑が考案した観客のエモーションをつなぐ仕掛けと工夫についての春日流解説がなかなか面白いのです。春日講談には、地道な聞き取り取材があるようでなかなか説得力があります。
第一に挙げるのが、加藤武や坂口良子などのコメディリリーフの活用です。笑いと緊張の演出です。
第二にサプライズの多用です。とにかく、突然叫び声などの驚きがあります。
第三に金田一耕助の天使の役割といいます。探偵を二枚目でなく滑稽なものとして、事件にかかわらせない傍観者”天使”に仕立てたといい、さらに原作のニ枚目の探偵像を改変した、と分析します。
しかし、この点については、映画化より前から原作小説のファンだった私としてはやや違和感があります。原作者の横溝正史は、金田一耕助という、風采の上がらない着物姿というこれまでにない探偵像をつくりあげたと思っています。それまでの映画化で片岡千恵蔵のスーツ姿の二枚目に仕立て上げたのは映画製作者側ですから、ここは、やっぱり”原点復帰”というべきでしょう。
そして、一度断ったという石坂浩二を説得してキャスティングした理由を「都会的で二枚目半ができる俳優」とした市川崑の説明を本当の理由を隠していると断じた春日氏の説には大いに賛同します。事件を説明するには、ウルトラQやウルトラマンのナレーションで有名な彼でなければならなかったと主張します。確かに説明を自然に聞かせ映像に集中させるには声を使い分けるナレーションの名手の石坂浩二が最適だったのでしょう。ここは大いに納得です。
最後に、探偵小説の醍醐味である関係者全員が集まって謎解きをする場面は、映画ではラストになりますが、真犯人の説明に終始する形は観客の集中力を欠くことにつながるため、市川崑は犯人あてを絶妙にタイミングをずらし、関係者のサブミナル効果的なショットをつなげながら、全く違うドラマを提示することに成功したと種明かしします。だから、犯人が分かっても何度も観たくなる作品になっているといいます。この分析には素直に感心しました。司会役が”カスガ凄い”と奇声を発したのも頷けます。
なお、この市川崑の挑戦は、次作「悪魔の手毬唄」でより洗練され、最高傑作になったと評価しています。第3作以降の作品は市川崑が嫌や嫌や作ったもので、4作目などはほとんど別の者に監督させているとかの暴露には笑わされます。しかも、リメイクの「犬神家の一族」はラスト以外観る価値が無いと切って捨てています。全く同感です。
いやはや、Youtubeにこんな”おもろい”トーク番組があったとはまったく不覚でした。しかも、この番組の元ネタとなった内容をしっかり書籍化している春日太一という日本映画研究家の才覚にはなんとも感心します。早速彼の著書「市川崑と「犬神家の一族」」を注文しましたが、随分前の発売の書籍なので入手できるのはかなり先(?)になるようです。
それにしても、若い人がこれまでいわゆる映画評論家から相手にされていなかった娯楽作品について新たな視点で評価してくれるのはうれしいことですねえ。リアルタイムで見た思いとやや違いを感じる箇所もありますが、いろいろと新しい発見などがあり、本当に勉強になります。
今夜はなんだか「犬神家の一族」のDVDを再見したくなりました。映画放送の宣伝としてはかなり効果があるようですね。これを機会にほか作品のトーク番組も見てみましょう。
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こんにちは、たかとんびさん。
いつも楽しく、また懐かしい思いで貴ブログを拝読しています。
この「犬神家の一族」は、劇場公開時に並んで観た記憶があります。
とにかく、公開当時の盛り上がり方は、今から振り返っても、凄いものがありましたね。
これはやはり、角川春樹のメディア戦略が功を奏したのだと思います。
この映画「犬神家の一族」は、日本映画界に一石を投じた"角川映画"の記念すべき第一作目の作品で、映画における名探偵・金田一耕助像を決定づけた、市川崑監督、石坂浩二主演のコンビによる大作ミステリー・シリーズの一本ですね。
久里子亭というペンネームを持ち、自他ともに認めるミステリー好きである市川崑監督が、初めて横溝正史の原作を忠実に映像化したんですね。
日本の地域社会にある独特の因習、オドロオドロしい殺人、横溝正史の原作の持ち味を損なうことなく、市川崑監督ならではの映像美を散りばめた、堂々たる風格を持った作品を作ったと思いますね。
主演の石坂浩二もボサボサ頭にフケもたっぷりまぶし、ヨレヨレの着物と袴で風采の上がらない、原作そのままの金田一耕助像を好演していて、この金田一耕助のスタイルは、彼以後の金田一役者に多大な影響を与えたと思います。
しかし、その後、彼を凌ぐ役者は現れませんでしたね。
製薬王・犬神佐兵衛(三國連太郎)が残した遺言状が公開され、その莫大な遺産を相続する権利が、三人の孫(あおい輝彦・地井武男・川口恒)に与えられる。
だがその条件は、佐兵衛の恩人の孫娘・珠世(島田陽子)と結婚することだった。
そして、珠世をめぐって三人の男たちの間で争奪戦が繰り広げられるが、遂に殺人事件にまで発展する。
依頼を受けた、一見とぼけた、人のよさそうな青年の金田一耕助探偵が、この連続殺人事件の謎解きに挑むが、更に第二、第三の殺人が--------。
横溝正史のこの映画の原作の探偵小説は、いかにも不気味な環境、いかにも大仰な憎悪で複雑に絡み合う人物たちが、ぞろぞろ登場して来ます。
そして、市川崑監督は、この原作の持つ大時代的なところを逆手に取って、彼独特の華麗な映像美の世界として描いているんですね。
旧家のたたずまいや各種の大道具小道具類を、現代にはない「幻想妖美」な雰囲気を漂わせながら描き出し、ユーモアさえ加えて、レトロ趣味たっぷりに、実にモダンな映像美をたたえた映画に仕上げていると思います。
そして、何と言っても、この映画が成功した大きな理由の一つとして、名探偵・金田一耕助を石坂浩二に演じさせたことだと思います。
この市川崑監督言うところの、"天使的存在"として、あるいは、石坂浩二がこの金田一耕助というキャラクターを演じるにあたって意識した"神的存在"という、実に難しい役どころを、飄々と演じていて、実に見事でしたね。
そして、探偵らしく凄んだり、機敏そうにふるまったり、ハードボイルドに決めたりするところのない、明るく爽やかな優男であって、ニコニコと気弱そうにふるまいながら、明快に謎を解き明かしていく。
石坂浩二の役者としての"口跡の素晴らしさ"が、ひと際光るセリフ廻しも、観ていて実に味わい深いものがありました。
私はこの口跡の素晴らしい俳優として、石坂浩二、市川雷蔵、三船敏郎、佐藤慶、草刈正雄を特に愛しています。
悪を憎んでそれと対決するというよりは、謎解きの過程で浮かび上がって来る、古い家系にありがちな事件関係者間の"怨念"に理解を示し、親身になって共感する風情が、実に良かったですね。
また、そんな自分と探偵という職業との矛盾に苦笑しているようなユーモアが、スマートで洒落ているとも思います。
日本人にはやはり、アメリカ映画をそっくり真似たようなタフ・ガイぶりよりも、"情とはにかみ"のある名探偵の方が、しっくりくると思います。
そして、この市川崑監督、石坂浩二主演の金田一シリーズで、もはや名物的ともなった、何かと言うとすぐ早合点して、「よし、わかった!!」と叫ぶ加藤武の警察署長も、オドロオドロした妖美の世界に、"一服の清涼剤的"な笑いを盛り込んで楽しませてくれましたね。
投稿: mirage | 2023年10月11日 (水) 16時06分
このたびは、拙ブログにコメントをいただき、誠にありがとうございました。
コメントを拝見し、改めて「犬神家の一族」を見た時の感動を思い出しました。タイトル冒頭からの市川崑監督のセンスの良さと美術・セットの丁寧さに感心しました。そして、やっぱり石坂浩二が適役でしたねえ。
なお、私も市川雷蔵さんの声は唯一無二ではないかと思っています。眠狂四郎やひとり狼の歯の浮くような尋常ではない”文章”を実に違和感なくセリフにできるのはまさしく彼の話芸ですよね。最近忘れられかけている言うな気もしますが、もっと評価してほしいものです。
また、機会があれば、またお立ち寄りください。今後ともよろしくお願いします。
投稿: たかとんび | 2023年10月12日 (木) 11時11分