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2019年9月12日 (木)

ロケットマン

 エルトン・ジョンの伝記映画「ロケットマン」の評判が高く、前から見たかったのですが、昨日、やっと観て来ました。
冒頭は、赤い角と羽のステージ衣装を来たエルトン・ジョンが意外な場所で回想を始めるという「ボヘミアン・ラプソディ」で当てたデクスター・フレッチャー監督らしい構成なのですが、突然、ミュージカルに変わる展開には驚きました。最近、日本映画でもありましたが、ここは、好みの問題なのでしょうねえ。残念ながら私はかなり引いてしまいました。このところのディズニー作品などでやっとミュージカルへの偏見が薄れていたのに、これで元の木阿弥です(笑)。

_new_20190912091701  お話は、宣伝でもあるように、両親に愛されなかった少年時代、酒とセックスとドラッグに溺れたスター時代と、当時のゴシップ記事をなぞっていくような内容なのですが、なんか表面的で心を打ちません。ましてや、マッチョマンのベッド上のレスリングなどはもっと配慮した見せ方があるのではないですか? 

 「ボヘミアン・ラプソディ」と違って共感できない理由は、例えば、何故、両親に愛されなかったかなど、その内面をしっかり描いていないからではないでしょうか。やはり、本人が生存し、製作までかかわった伝記映画は限界があるような気がします。一方、友人のブログによると父母は他界しているようですから、結構厳しく当たっている気がします(笑)。
 あの気難しい軍人の親父は生来の潔癖症的な人格だとおもっていたら、離婚後腹違いの息子にはハグをしていましたので、エルトンを嫌う理由がほかにあったのです。彼は妻も家も嫌っていましたから、実はできちゃった婚を恨み、その根底には英国特有の階層社会の差別意識があったとか、あるいは、幼いエルトンの性癖を察知し嫌悪していたとか、いろいろ考えられます。
 母親にしても、年下の彼氏と不倫する淫乱な浮気妻という描き方ですが、実はしっかり再婚していますし、エルトンが告白したときのセリフもいいぢあないですか。もっとも、移住のくだりにはげんなりですが(笑)。もう少し触れてほしいですねえ。

 それにしても、なぜ、芸名が「エルトン」なのか、映画では、最初のバンドのメンバーの一人の名前だそうです。実は、これが彼の”初恋”なのか、その辺はすっぱり斬られています。それからいうと、パートナーの作詞家との関係などをもう少し深く突っ込んでほしいものです。
 一方、あんな下劣なマネージャーとの関係は不要です。まったく思い出すだけで気分が悪いですねえ。エルトンの死後も20%の印税が入る契約などあるのでしょうか?世の中、悪い奴が得をする典型ですねえ。やっぱり恥知らずが一番強いなあ。・・でも、あのマネージャーも死んでいますよねえ、そうじゃないと家族が少し可哀そうです(笑)。狭い日本じや肩身がせまくなります。
 そういや、レコード会社の社長も嫌みたらしく描かれていましたが、結局、後年手を切ったから、どうでもよかったのですねえ。
 しかし、やっぱり芸能界というところは、巨額のお金が動くだけあって、あちらもこちらもどこも恐ろしい所ですねえ。

 結論としては、この映画は主演のタロン・エガ―トンの演技がエルトン・ジョンそっくりだったということが一番の見所でした。彼の主演映画「キングスメン2」へ登場したエルトン・ジョン役で出演した本人と体型までそっくりです。案外ずんぐりで足が短いところまで似せています。まあ、よく頑張りました。お疲れさまでした。 

2019年9月11日 (水)

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

 レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演し、1960年代のハリウッドの舞台裏を描いたクエンティン・タランチーノ監督作品と聞けば、誰だって期待します。題名だって、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と、”むかし・むかし”というお馴染みの慣用句を付けています。一応映画ファンを自認している私としては、劇場に足を運ぶしかないでしょう。

_0001_new   でも、冒頭から”これ、なんだ”という意味ありげな映像の連続です。大きな看板の絵の一部から始まって、アメ車のエンブレムのアップなどは何かの象徴なのだろうか、わかりません。誰か教えてください。そして、昔ながらのスクリーンプロセスの運転席を模した風の運転席の主演二人。”なんなんだろう、これは”と首をひねりながら映像を見つめていました。

 多分、私にはわからないものの、1960年代の風景を厳密に考証し、再現しているのでしょうねえ。スパゲッティ・ウエスタン(マカロニ・ウエスタンの欧米の呼び名)の登場やヒッピー全盛の時代です。「ロミオとジュリエット」、「ローズマリーの赤ちゃん」など当時の実際の封切作品を並べ、時代の雰囲気をうまく再現しているとは思うのですが、肝心のお話がイマイチでどこに向って行くのか全く見えないのです。まあ、映画「大脱走」とスティーブ・マックイーンが好きなことは分かりました(笑)。

 主演の二人とは、テレビ番組の西部劇ヒーローが人気を失い、悪役としてのゲスト出演で生計を立てている落ち目の俳優がレオナルド・ディカプリオで、その専用スタントマン(ほとんど雑用係り)がブラッド・ピットなのですが、このくせのある二人がハリウッド業界で役を得ようとする日常をスケッチ風に描いているお話なのですが、予想外になんとも盛り上がりません。

 その彼らのお話と並行して描かれるのが、ディカプリオの隣の豪邸に引っ越してきたマーゴット・ロビーが扮するシャロン・テートとその夫ロマン・ポランスキー監督(一場面のみ登場)です。当時のシャロン・テートは「吸血鬼」のヒロインの美しい姿が目に焼き付いています。多分、若い時のタランティーノ監督にとっても”女神”だったのでしょうが、実在のシャロン・テートの悲惨な事件を知っているだけに、なんとも気分が沈んでしまいます。それに、マーゴット・ロビーは大柄で金髪以外はあんまり似ていませんので、あの最悪の事件を絡めるというのは、少しというか、かなり不謹慎で、やっぱり憂鬱な気分になります。
 しかし、映画は日常風景が淡々と進み、大口をたたくカンフー俳優のエピソードもそれが現実だろうなあと思う程度であんまり面白くもありません。まあ唯一面白いと感じたのは、8歳の天才子役の勘違いした”プロ”意識ですねえ。どの国でも同じか(笑)と笑えます。

 そして、物語はいやおうなく”事件”に至るのです。
 しかし、ラストで、”なんなんだ、一体、これは”という展開となります。タランティーノ監督の怒りと思いはその凄まじい暴力描写からよくわかりますが、それでも、”でも、やっぱり、どうして”としか言えません。

 最後に、日本映画の「柳生一族の陰謀」のラストの有名な言葉を思い出しました。「夢じゃ、夢じゃ、これは夢でござる。」てか。タランティーノ監督のうっぷんは、これで晴れたのでしょうか?夢から覚めるとさらに哀しくなるような気がしますが・・・。 

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