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2013年11月21日 (木)

グランドイリュージョン

Img  映画「グランドイリュージョン」は、あっと驚く大仕掛けのマジックを次々とテンポよく、小気味良く展開します。
 4人のマジシャンが、FBIやインターポールを相手に、テレポーテーションとしか思えないような不可能な銀行強盗や金庫強奪などを行うのです。そして、そのマジックを見破ろうとする強力な敵役も登場し、仕掛けられたトリックを暴きながら、次なるステージへ観客を誘うのです。
 おかげで、序盤から中盤にかけて、鑑賞中は、一体どうなっていくのか、興味津々、すっかり引き込まれました。

 ところが、ラストに至って、その真の狙いが明らかにされたとき、あまりのしょぼさに一気に心が萎みます。
 そして、次には、暴かれたトリックの辻褄の合わなさに驚きます。第一ステージはともかく、第二の口座の盗みと配分のトリックは謎ときはないまま、第3の舞台では、二つの金庫と鏡のトリック?噴飯ものです。

 それ以上に、一体、あの4人のマジシャンがこの犯罪に手を染めた動機が全くわかりません。少なくても、犯罪歴はなかったのに、一挙に指名手配犯です。それに見合う見返りは合ったのか?
 数千年前から続く魔術の秘密組織は、走馬灯のかなたに消えさり、たった一人のお門違いの恨みを持った人間がいるに過ぎません。あんなヤツに3Dの立体映像なんか作れるのか?とっても、納得できません。
 加えて、あの保険会社のオーナーは、どういう意図があって、参加したのでしょう。何の説明もありません。
第一、あんな強力な催眠術が可能なれば、こんな手の込んだ大げさな真似は必要ないと思います。

 思えば、馬鹿馬鹿しいほど疑問がわきます。スピードとはったりのマジック映画、まさに、左手を2時間見せられていたのです。もし、これが、フリーパスでなかったら、怒り狂ったかもしません(笑)。

 最後に、この映画関連で最も感心(?)したイリュージョンとなったのは、売り場では普通サイズと思ったパンフレットが、買ってみると、写真のように縦半分のパンフでした。どうやら、他のパンフが重なって陳列されていると錯覚したようですが、本当に、あっと驚くような読みにくいパンフでした。

 ちなみに、上記のパンフの写真は裏面でした(笑)。わかりました? 

2013年11月16日 (土)

2ガンズ

Img_0001  デンゼル・ワシントンの出演作には、まず間違いはないだろうと、「2ガンズ」を観てきました。共演は、「テッド」のマーク・ウォールバーグです。

 麻薬組織のワシントンとウォールバーグの2人組が銀行強盗を敢行したところ、4000万ドルという予想外の大金が手に入り、実はそれがCIAの裏金だったという展開となって、さらに二人とも、それぞれ麻薬取締局や海軍情報局からの潜入捜査官だったという設定です。
 当然、麻薬組織のボスや海軍の上官、CIAから追われるはめになり、ポーラ・パットン扮する同僚の美人捜査官の助けもあるものの、2転3転する筋書きの中、緩い二人の掛け合いのせいか、あんまり盛り上がらないまま、すべての関係者が牧場に一堂に会するラストまで傾れ込みます。
 このラストの牧場における、ヘリの墜落などのアクションシーンが結局一番の見せ場になりました。
 全体的に喜劇調であり、気楽に眺めることをお勧めします。

 ただ、美人捜査官の動機と行動などは、全く違和感があります。ポーラ・パットンは、「デジャブ」の昔からのお気に入りの女優さんであり、その意味でも悲しいなあ。話としてもありえないと思います。
 それに、最後に、牧場に散らばったお札の後始末はきちんとしてほしい。貧乏性か、気になって仕方ないゾ。

 それにしても、CIAという組織が犯罪組織から上前をはねているなどというハリウッド映画の設定が妙に真実味があるから、逆にこわいなあ。わが国も米国に続いて行くのかなあ。思わず、そんな余分なことまで考えてしまう昨今です。

 

 

マラヴィータ

Img  「マラヴィータ」とは、イタリア語で裏社会の意味だそうで、劇中では、愛犬の名前にもなっています。さて、昨日公開された映画は、リュック・ベッソンがマーティン・スコセッシを製作に迎えた、ロバート・デ・ニーロ主演の作品です。共演は、ミシュル・ファイファーと宇宙人トミー・リー・ジョーンズですから、かなり期待しておりましたし、その期待は裏切られることはありませんでした。

 お話は、マフィアの元ボスが大ボスの罪を証言したため、妻と二人の子供たちを連れ、FBlの証人保護プログラムを受けながら、何故か南フランス地方を転々としているのですが、行く先々で揉め事を起こし、ついには、追っ手のマフィアの殺し屋軍団と対決するという内容です。

 ロバート・デ・ニーロの元マフィアのボスという役柄は、これまでの映画歴を踏まえたものであり、ショーン・コネリーの元英国諜報員や高倉健の刑務所帰りなどと同じく、思わず、大向うから声を掛けたくなるような風格があります。しかも、シリアスな作りではなく、徹頭徹尾、荒唐無稽でコミカルな活劇風のホームドラマ?になっています。殺人、暴力など過激な描写もありますが、意外にカラッとしており、面白い作品に仕上がっています。

 一方、デ・ニーロが冒頭から引き起こす最悪の厄災が、何故、警察沙汰にならないのか、などと突っ込み処は多々ありますが、それを論うことこそ野暮というものでしょう。
 些細ではあるが、腹立たしい世の中に対する、ベッソンらしい皮肉たっぷりの現代の御伽噺であり、理屈ぬきで楽しむのが正解でしょう。その意味で、この作品は、まさに快作と言えます。私、実は、あんまり、ぼうーと見過ぎて、細部を忘れてしまいました(笑)。

 共演では、ミッシェル・ファイファーは、最近あまり作品に恵まれていなかったような気がしますが、切れるとスーパーを有り合せの材料で爆破してしまうなど、とんでもないギャングの妻の役を貫禄を持って演じています。包丁を持たすと本当にこわい。
 また、美人だが、やたら腕っ節が強い長女を演じるのが、ディアナ・アグロンです。この女優さんは、どこで見たことがあると思っていたら、「アイ・アム・ナンバー4」のヒロインでした。すっかり、忘れていました。テニスラケットが衝撃ですヨ。
 加えて、長男役の少年は、腕っ節はからきし弱いものの、生徒や教師の弱みや特技などの情報収集等を通じて学校を裏から牛耳る役柄がなかなか面白い。頭脳派です。
 一家を警護・監視する二人のFBIの職員も、その頼りなさをうまく演じており、好感がもてますが、そのボスのトミー・リー・ジョーンズが少し精彩を欠いています。まあ、見せ場が少ないので、やむ得ないところでしょう。その代わり、2人の子供が大活躍です。

 最後に、パンフレットには、名前も存在すら記述がないのですが、デ・ニーロ一家をつけ狙う凄腕の殺し屋が良い味を出しています。誠に凶悪な顔をした巨躯の持ち主ですが、ネットで調べると、多分、ヴィンセント・バストーレという俳優さんのようで、この人の持つ凄みが、襲い来るであろう危機感を一層高めていたような気がします。そして、ついに、映画の終盤、黒尽くめの殺し屋軍団が一家の居る町にやって来るのですが、そこは喜劇ですので。・・・おっと、これから先は映画でご覧ください。

 
 

 

2013年11月12日 (火)

スペック 結 漸ノ篇

Img  テレビシリーズ「SPEC」の劇場版の完結編「結」の前編「漸ノ篇」が公開されています。
 内容は、ご承知のとおり、戸田恵梨香扮する、前代未聞のSPEC(超能力)を持つ当麻刑事と加瀬亮演じる不死身の瀬文刑事、そして、竜雷太が怪演した野々村係長の属する警視庁公安部第五課の未詳事件特別対策係の物語です。
 時間を止めることの出来るSPECを持つ神木隆之介演じる一 十一(にのまえ じゅういち)などの超能力者が次々と登場し、世界中の闇の権力者達との三つ巴の戦いを不条理に描いたものです。

 それにしても、私は、いつから、どうして、これほどくだらないお話にハマってしまったのでしょう(笑)。

 映画版になっても、テレビドラマと同じようなビデオ映像であり、安っぽいセットと照明、めまぐるしく可変する撮影速度と意味不明なカット割で、筋をつなげていきます。
 そして、出演者達は、親父ギャグの駄洒落や頓狂な仕草や会話で遊びます。また、餃子の模型をはじめオタク心をくすぐる小道具や仕掛けが散りばめられています。
 しかし、このドラマの肝は、なんと言っても、奇想天外な超能力者たちや登場人物の珍妙な設定です。もう、とんでもなく馬鹿馬鹿しく、笑えます。地面から死んだ超能力者を甦らせる超能力など、誰が思いつきますか?凍死した人間がお湯かけて生き返りますか?
 なにより、主演の女刑事当麻は、ゲテモノ風餃子をいつも食べているために口が臭いという女であり、相棒の瀬文刑事は、気合一番の軍事馬鹿、のらりくらりの野々村係長にも若い女警官の愛人が居るというふざけた設定です。
 さらに、「エヴァンゲリオン」の影響か、はったり名称の予言や計画がこれ見よがしに提示されます。これで、本当に最後に辻褄が合うのか、心配にもなります。

 でも、これが面白いのです。この大風呂敷とくだらなさの極地が心地よいのです。通常の映画文法などは無視するテレビ・ディレクターの堤(幸彦)マジックかもしれません。

 それに、今回の映画では、世界の闇の権力者たちの集まりの中、欧米や中国などの権力者達が、日本の権力者卑弥呼(男)に対して、「黄色いモンキー」、「敗戦国の分際で」などと侮辱するなど、まるで現在の日本を取り巻く世界情勢をカリカチュアしたような光景も描いています。もっとも、彼らは、その後、卑弥呼の手のひらで皆消去されてしまいますが・・・。

 もう、好きな人にはたまらないほど面白いものですが、そうでない人は全くそうでありません。妻などは全く興味を示しません。どこが面白いか、わからないそうです。しかし、その気持ちも良く分かります(笑)。

 最後に、前回の劇場版の最後から登場した、向井理演じる謎の超能力者セカイの正体は何なのでしょう。頭から足まで白ずくめの姿は、どっかで見たと思ったら、三谷幸喜の「ステキな金縛り」に登場する冥界の官吏にそっくりです。小指の力と手のひらですべてを消す方法も良く似ています。三谷作品からの引用なら、ひょっとしたら、元ネタは、ハリウッド映画、あるいは西洋の寓話なのかもしれません。どなたか、知っている方は教えて欲しいものです。

 

2013年11月11日 (月)

特撮ニッポン

 別冊宝島から「特撮ニッポン」という雑誌が突然Img 発売されました。いつもの小冊子ではなく、A4版の大型サイズです。内容は、わが国の特撮映画の特集です。円谷英二監督の業績を始め、過去のトクサツ映画の歴史を俯瞰しています。
 しかし、今頃、何故、こんな企画を組むのか、不思議でしたが、一読して分かりました。

 これは、映画「パシフィック・リム」の出来に圧倒された特撮業界人の敗戦の弁とともに、このハリウッドの怪獣映画が、わが国では、世界の中で最もヒットしなかったという悲惨な事態に大ショックを受けたことへの記念誌なのでしょう。個人的には、実は、公開前からこの結果は、ある意味予想しておりました。(2013.8.3ブログをご覧ください。)

 この雑誌の巻頭にある渾身の弁という樋口真嗣監督の文章は、正直、良く分かりません。平成ガメラシリーズで尊敬する監督さんですが、今回の「気づくのは遅い」という言は何を意味しているのでしょうか。ハリウッドが莫大な金をかけて作るリアルなCG映像を前にして、金の無い日本映画の将来を悲観するあまり、懐古趣味の見立ての映像を製作し、懐かしんでいるのでしょうか。彼我の差は昔からのことではないでしょうか、是非、頑張って欲しいものです。

 そのほか、様々な業界人が文章を寄せていますが、凄いと評価する「パシフィック・リム」も、怪獣のデザインなどに違和感を持っている雰囲気が伺え、それは、まさに我が意を得たりという気もします。あの映画には、怪獣のたたずむ風景が無いのです。なんとか、お家芸の復活を望みたいものです。

 ほかにも、今の特撮映画界を伝統芸の見立てと表現したある評論家の意見は、私も円谷歌舞伎の物真似と揶揄していましたので、やっと公開の場で、近年の東宝特撮をきちんと評論できる時代になったかと安心しました。もう一度、平成ゴジラについて徹底的に見直すべきです。

 思えば、円谷英二監督亡き後、真の怪獣映画と呼べるのは、平成ガメラの第1作と第2作です。第3作は、過去にこのブログでも述べたとおり、特撮部分は史上最高の出来ですが、話が支離滅裂です。今回の雑誌で分かったのは、結局、本編監督の暴走のせいだったようです。本当に、傑作になり損なったとしか、言い様がありません。返す返すも残念です。

 それにしても、いまや、幼い子供たちが「ポケモン」やら、「ガンダム」などのアニメで育っている時代では、確かに、実写版は、しかも、リアルではない怪獣映画では、なかなか人気を取り戻すのは難しいでしょう。
 ・・・このことが「気づくのが遅い」という巻頭の言葉の意味なのでしょうか。ゲームや携帯と一緒で、日本は、世界水準から言えば、ガラパゴスの道を歩んでいるようにも見えます。
 それなら、いっそ、世界水準を念頭に製作して欲しいものです。かつての円谷特撮のレベルは、当時、世界最高鋒、最先端だった筈です。これからの製作人の心意気、志を期待しましょう。過去を懐かしむ閑はないのではないかナ。ガンバレ、ニッポン トクサツ。

 

2013年11月10日 (日)

清須会議

Img  映画「清須会議」を観て来ました。個人的な事情を言えば、この映画は、TOHOシネママイレージカードのマイルを交換して得た1ケ月フリーパスポートを利用した、最初の記念すべき1作です。現金なもので、おかげで純粋に気楽に楽しめました(笑)。まさに、無料で試写会に招待されて喜ぶ三流映画評論家(?)の心境です。

 冗談はさておき、まず、織田信長が倒れた後の天下人を決めたという歴史上、大変有名な評定を映画化しようとしたこと自体、監督の三谷幸喜の慧眼です。もっとも、映画製作の前に原作小説を書いていたそうですから、「のぼうの城」にも似て、時代劇へのなみなみならぬ思いを感じます。
 出来上がった映画は、なにより、大泉洋が扮した羽柴秀吉の造型が抜群です。禿げかかった髪を束ねた極細の髷、秀吉らしい派手な豪華な衣装、したたかで飄々とした演技などは、過去、名優達が演じたどの秀吉像よりも素晴らしい。
 総じて、この製作陣は、というより三谷監督が、ということでしょうが、登場人物の髷や衣装、そして特殊メイクを駆使した顔づくりに力を入れています。伝統的な歌舞伎を安易に模した誇張した髷や羽二重を廃し、それぞれの人物像に合わせたメイクを行っています。  

 かつて、黒澤明が「七人の侍」など時代劇を撮るとき、古い映画界の悪しき風習を嫌って、史実に即した髷や衣装を作り出していました。こうした黒澤時代劇の製作裏話を、当然、三谷監督は承知していたでしょうから、その巨匠の思いを見事に引き継ぎ、再現しています。どの武将も見事に広い額を出しており、明智光秀にいたっては、特殊メイクで金柑頭を再現しています。もっとも、織田信長の子らも、いずれも高い鼻梁をつけているのです。あの旧来のカツラと継ぎ目のある額などはありません。しっかりしたメイクを行っています。
 また、衣装も人物設定に沿ってそれぞれ色分けをして、丁寧な造りになっています。もっとも、黒澤明の娘、和子さんの仕事ですから納得です。
 さらに、セットも実に丁寧に作られています。どっしりとした柱や床の美しさなどまことに立派です。こうした製作態度を見るだけでも一見の価値があります。

 さて、筋書きは、いつもの三谷喜劇(現代劇)とは少し雰囲気が異なり、時代劇らしく、風格のある喜劇になっています。小刻みのギャグの連打より、三谷流に味付けした人物がもつ行動や所作の面白さに焦点を当てています。
 役所広司が扮した柴田勝家の天真爛漫ぶり、ほとんど武勇だけで、権力よりお市様大事の行動、自分勝手な思い込みのラッキョウやサザエのエピソードは、誠にほほえましく、大いに笑えます。
 とりわけ妻夫木聡の馬鹿殿ぶりも傑作です。旗取り競争もそうですが、それより、何気ない現代調の台詞が大いに笑わせます。さらに、佐藤浩市の優柔不断な武将の言動は、いつもながら、うまいの一言です、という風に、それぞれの登場人物が、いずれも現在社会に通じる人間の面白さ、おかしさをうまく演じています。より知的なお笑いを提供してくれます。

 最後に、三谷幸喜の映画作品としては、前作に続いて、ますます快調な出来となっています。(それ以前の作品は、どうも映画的な喜びが乏しい気がします。)
 元来、三谷監督の作風は温故知新であり、ハリウッド喜劇のオマージュが多いようですが、時代劇の製作に当たっては、多分、殺陣はないものの、黒澤明への畏敬を踏まえたものと思え、そして、今回、新しい三谷喜劇が誕生したのです。・・褒めすぎかな?しかし、きちんとした日本映画は、捨てたものじゃない・・と思います。
 ともかく、 未見の方は是非ご覧ください。お勧めです。

2013年11月 9日 (土)

傑作SF映画選 Part3

Img  「傑作SF映画傑作選」シリーズから、また新しい作品が紹介されました。「巨大目玉の怪獣 トロレンバーグの恐怖」という1958年アメリカ公開の映画です。とんでもない邦題ですが、多分、これは、本邦では劇場未公開だったために、今回のDVD化に当たって名付けたものに違いないと睨んでいます。
 また、表紙の絵柄も、当時のポスターを流用したのでしょう、大目玉に触手を付けたような怪獣が描かれたZ級映画そのものなのです。

 ところが、内容的には、トロレンバーグという雪山で起きる奇怪な事件をめぐり、なかなか、見せてくれます。モノクロの画像の中で、雪山に居座っている雲の謎、次々に遭難する登山者、そして首無し肢体、美しいテレパシー使いの姉妹など、この手のDVD作品では、めずらしく冒頭から引き込まれました。
 中盤、地球外生命体が関わっているという謎の一端が明らかになった中で、ヒロインたちは思いも寄らぬ攻撃を受けるのです。SFというよりは、ホラー映画のような恐怖を畳み掛けます。なかなかの演出です。あの名作SF映画「光る眼」を髣髴させるといったら、言いすぎでしょうか。

 しかし、ラストに宇宙生命体のラスボスが登場すると、一気に脱力です。表紙の絵よりは、わずかにマシですが、模型のビルを襲う、一つ目の脳みそタコのモンスター、そして、それら以上に大きな炎、まさに、B級特撮のお約束のような映像です。 もう、ここは、目をつぶって楽しみましょう。

 ただ、総括としては、やはり終盤までは観客をしっかり楽しませてくれる映画でした。CGのない時代に頑張って作られた小品です。暖かく見てやってください。
 仮に、あのラストの目玉の宇宙人を登場させず、雲のままの謎の存在で終わっていたら、多分、「光る眼」に相当する傑作と評価されたでしょう。しかし、そこは、私としては、あの物凄いチャチな怪獣を見せたというB級魂をしっかり評価したい(笑)。一度、お閑な時に、お手にとってください。

2013年11月 4日 (月)

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 魔の海

Img  「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 魔の海」は、ギリシャ神話をモチーフに、現代のアメリカで、ポセイドンと人間の混血(ハーフ)が活躍するというファンタジーです。この作品は、シリーズ物の第2作目に当たります。
 続編が出来たと言うことは、第1作がそこそこヒットしたのでしょう。私も、1作目に登場するユマ・サーマンが扮した現代のメドューサがお気に入りでした。石屋を経営しているという設定も笑えますが、それより、最新のモードを着こなしながら、無数の蛇を蠢かす姿は、一見の価値があります。白い顔が頭の蛇に良く映えていました。この女優さんは、「バロン」のビーナスを初め、様々な異形のものを演じていますが、このメドューサはその中でも一、二を争う素晴らしいメイクでした。

 さて、翻って、この2作目は、なんとも平凡な出来で、退屈はしなかったものの、何の感動もありませんでした。しかも、ストーリーを別にしても、この手の映画では重要な要素になる、コルキスの牛、海馬、サイクロプスなどのモンスター・デザインも極めて平凡であり、さらに機械仕掛けのコルキスの牛にいたっては、そのCG映像のチャチさに驚きました。

 唯一、面白いと思ったのは、死者を甦らして作った神の兵隊を「ゾンビ」と呼んで、その兵士たちが気を悪くするというエピソードです。なるほど、西洋文明の祖とも言えるギリシャ神話から死者の甦りはあったわけで、それを、最近流行の南方のまじない師の奴隷の名で呼ばれるのは、沽券に関わると言うのでしょう。これは思わず笑いました。
 一方、ホワイトハウスをオリンポスと呼んでいるシーンは、アメリカ人以外は、例え毒のあるオチがあっても気分が悪いものですよネ。

 ともかく、この映画の最大の欠点は、センス・オブ・ワンダーが全般に感じられないことです。予想したとおりのストーリーが何の破綻もなく、淡々と終わってしまいました。
 次作がもし作られることがあれば、それに期待しましょう。

 蛇足ですが、この映画の字幕やパンフには、一つ目巨人を「キュクロプス」とカタカナで表記しています。なぜ、わが国で長らく使用している「サイクロプス」を使用しないのでしょう。訳者の勝手な思いでしょうか、なぜか、気に入りません。その理由をきちんと説明して欲しいものです。

地獄でなぜ悪い

Img_0001  映画「地獄でなぜ悪い」を見てきました。有力者の推薦があったので、期待したのですが、この映画は生理的にどうもイケませんでした。自主映画制作のセルフパロディと頭では思うのですが、いかんせん、血糊べったり、頭や腕が空中に無造作に舞うのは、なんとも趣味がいただけません。大映時代劇の三隅監督のような美しさがまったく感じられないのです。
 また、実際の事件や事故を撮影するという恐ろしい行為は、私にとっては、とても劇映画の範疇に入りませんし、多分、あの映画創りに向け、宗教的とも思える異常な信念を持つ映画少年は、監督さんの自画像であり、若かりし、自主映画時代に戻って、当時の熱意をやくざ映画&カンフー映画の形で作ったのでしょうが、イマイチ、その世界には入ることが出来ませんでした。私の歳のせいかもしれません。

 ただ、凄いのは、こんなスプラッタ・コメディを、名の知れた國村隼や堤真一が嬉々として演じているのですから、驚きです。ラストの東映やくざ映画のような、出入りがもう少し品が良ければ、わたしも一票を入れたのに残念です。しかも、あの頭に刺さった日本刀は曲がっていましたし、どうも蛇足です。

 それにしても、どうして、日本映画はこんなに血糊の量が多いのでしょう。パロディにしろ多すぎです。浮世絵、無残絵の伝統なのでしょうか。血の噴出の演出を発明した黒澤明監督が草葉の陰で泣いています(笑)。 

 最近、ハリウッドも含めて、自主映画製作へのノスタルジーのような映画が多いような気もしますが、いまやビデオ時代となって、丁度8mm映画文化を懐かしむ時期が到来したのでしょうか、それとも監督の年齢かも知れません。しかし、これは、多分、私の気の回しすぎでしょう。

 最後に、このタイトルの意味がわかりません。一晩たって買ったパンフレットを読んでも、それらしい記述はありません。やっぱり映画作り自体が地獄なのかな?

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