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2013年7月 1日 (月)

アフター・アース

 SF映画「アフター・アース」では、主演のウイル・スミスと実の息子が共演しています。実際にはどうなのか知りませんが、なんとなく大スターの親馬鹿丸出し、好き勝手やり放題という印象から、どうも感心できないと、勝手な反発心を抱いていた上に、監督が「シックス・センス」の大どんでん返しで味をしめてしまった、あのシャラマンと聞いたので、まったく劇場に足を運ぶ気はありませんでした。ところが、たまさか週末の夜に体が空き、時間つぶしについ見てしまいました。

 そして、結果は、予想通り、なんとつまらぬ映画だったのでしょう。
 言いたいことは数々ありますが、まず、軽さが持ち味のウイル・スミスの硬派の英雄振りがなんとも板についていない一方、その息子も、臆病なくせに、強情で生意気な性格という設定がよくわかりません。
 また、未来の生活デザインが、インド風と言うか、テント風というか、なんとも、粗末で安っぽいセットなのです。これだけでも情けないのに、人類を滅ぼすために進化したという未来の地球の自然が、ほぼ今の地球の動植物と変化ないのです。これはもう手抜きですな。群れで襲い掛かるヒヒ、木登りするライオンなど、想像力の欠如は悲しい限りです。加えて、恩(?)を返す大鷲の登場は、どう考えても意味不明です。
 さらに言えば、人間狩りのために異星人から送り込まれたモンスターに対して、何故、光線銃とはいいませんが、飛び道具を使わないのでしょう。まるで銃器が存在しないかのように、槍や刀に変化する武器を使って、原始人のように立ち向かうのです。勝ち目はあるはずがありません。 しかも、宇宙船のコンピュータも、墜落した機体の残骸にも必要な薬が備え付けであることぐらいは念頭にして作戦を立案して欲しいものです。
 こうしたSFに不可欠なメカなどの道具立てには、ほとんど関心がなく、ただただ、心頭滅すれば、ゴースト(恐怖心を克服した人のこと)になることができるという、シャマラン監督らしい、説教じみた設定です。

 本当に、時間を無駄に費やしてしまったノダ。

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コメント

どうして人類がアーサとか言う化け物に負けそうになるかが分らない。
1000年後ならレーザーやビーム、レールガン等が有りそうなのに使う武器がハイテク連結剣だし、あれならUH-1とM60とハートマン軍曹が有れば「逃げる奴はアーサだ逃げない奴はよく訓練されたアーサだ」が出来そうなのに。
ストーリーもあまり面白く無いし、設定に無理が有りすぎる気がする。

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