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2024年5月30日 (木)

エクスプラス ガメラ(1999)プラスチックモデルキットの組立・塗装

20240408_1402291 20240421_1610311 20240421_1843211 20240504_2029531 20240530_0819021 20240530_0819081 20240530_0819331 20240530_0820331  エクスプラス発売のガメラ(1999)のプラスチックモデルキットの組立・塗装をやっと完成させました。塗装方法は、このブログで以前紹介(2023.10.23参照)したyoutubeの「怪物屋吉尾の塗装教室(第1回)」の内容にできるだけ沿って行いました。ただ、本編では塗装は2時間で完成するのですが、そこはプロフェッショナルの名人とは違って、かなり時間がかかりましたねえ。4月8日に化粧箱を開封して、塗装が完成したのが5月13日ですから、一体なにをしていたのでしょう、我ながら呆れます。ただ、言えることは、寄る年波で精神統一が難しくなっているのだ(笑)

 なお、今回のキットは1/700で、組み立てても高さ12cmぐらいの小型の模型です。しかし、このキットはさすがエクスプラス社の新商品だけあって、なかなか良く出来てます。なにしろ部品のパーツ同士が小気味よくパチパチとハマるのです。特に、甲羅はいくつもの小さな甲羅のパーツを一個一個組み合せて組み立てると、映画に登場したガメラ3の勇姿を見事に再現します。

 そて、塗装は、吉尾名人の指導どおり、まずは黒く塗って、油絵のグリザイユ手法を用いて、エナメル塗料で”高速ブラッシング”でモノクロの濃淡の下地をつくり、その上に、透明色の3色を混合して、肌はブルー系、背中の甲羅はグリーン系、腹部はブラウン系に、エアブラシする手順なので、私としてはできるだけ真似しました。でも、結果はやっぱり”鵜の真似をする烏”でした。

 まあ、色鉛筆や練り消し(マスキング)などの名人芸はパスしたものの、人形の命である目の塗装にサイズが小さい(言訳)せいか、やっぱり失敗しました。いや、それよりも、最初の黒く塗る下地作業を黒いサーフェイサーのままにして、ラッカー塗料の塗装をしなかった手抜きが大きく影響しているようにも思えます。なんとなく色が微妙に載っていません。やっぱり手抜きは駄目でしたねえ。これも当たり前か(笑)。
 
 それでは、写真で作業の手順だけご覧ください。まあ、こんなものでしょう。
 それにしても、これから発売される予定のエクスプラスのプラスティックモデルキットのシリーズは、マリリン・モンローなどいくつか予約注文しているのですが、もっとも簡単な作業の筈の”ガメラ3”でこれだけ手こずったのですから、どうにもこれからの模型製作は前途多難なようです。詰んどくキットになりそうですなあ(笑)。

 

2024年5月25日 (土)

碁盤斬り

 時代劇「基盤斬り」はなかなか面白かった。落語「柳田格之進」を元ネタにしているせいか、昔の日本人の気質をよく描いていると感じました。もっとも、金品の紛失を問われただけで疑義を掛けられたと切腹しようとするのは、その昔でもやや行き過ぎと思われて、それゆえに落語のネタにまでされてしまったのでしょう。おかげで”格”とつく名前は、曲がったことが大嫌いというイメージを抱いてしまいましたねえ。水戸黄門の”格さん”のせいかもしれませんが(笑)

Img_20240524_0002  白石和彌監督の初めての時代劇だそうですが、なかなかうまく撮れています。よくあるような江戸の街のセットもなかなかリアルに見えるような角度から撮影し、彩度を落とした落ち着いた色調も好感が持てます。最近の日本映画もやっとセットや衣装などに写実性を求めるようになりましたねえ。本当に良いことですねえ。

 そして、なにより、出演者がみな実にうまい演技を披露しているのが見処になっています。
 まず、主演の草彅剛が良い。やっとジャニーズの呪縛が消えたせいか、最近は演技賞も取っているようでなかなか頑張っています。もともとテレビドラマでも演技がうまかったので、この作品も安心して観ることができました。曲がったことが大嫌いで、やや行き過ぎ感のある性格の主人公を地(笑)で演じているように見えます。

 また、個人的には、その娘役の清原果耶が断然気に入りました。もういまや絶対に存在しない”親孝行の娘”を演じています。親への不当な疑惑を晴らすために廓に身を売るというあり得ないような落語ネタ話を現実味をもって表現できたのは、彼女のもつ凛とした佇まいのせいでしょうねえ。いやあ、頼りない手代でなくても惚れてしまいます(笑)。でもまあ、最後が落語の結末じゃなくてハッピーエンドで本当に良かった。廓の小泉今日子女将に感謝です(笑)。
 その他、國村隼がやっぱりうまい。最初の因業親父から落語の人格者の店主に変化する姿を流れるように無理なく演じています。なお、碁会の親分、市村正親も貫禄十分でした。

 そんな中で、斎藤工が演じる、主人公を藩からの追放に追いやった元上司(?)なのですが、実はこの人物像が良くわかりません。どうやら主人公の正直すぎて、固すぎる人柄の故に、”水清ければ魚棲まず”の例えのように人間関係がぎくしゃくしていたのが理由だったようです。女関係は付け足しのような気がします。どちらにしても、主人公が部下たちの賄賂授受を殿に直訴した後の影響を暴きたてるも、結局、本人は何も手助けをしていないので、まあ、自分勝手なわがまま野郎だということなのでしょう。うん、斉藤工が喜々として演じそうな役柄です(笑)。

 しかし、この映画のオチは、なんとなくしっくりしません。犯罪と刑が見合っていないという藩の処置を内部通報者が自ら節を曲げてまで被るというのは納得できませんね。あれは盗品売買という立派な犯罪です。

 最後に、この作品の根幹と言うべき碁打ちの各場面は、全然ルールが分からない私でもなかなか迫力ある演出でした。さすが白石監督の手腕と感心しました。でも、タイトルにあったとしても、あの一品と評価される高価な碁盤を真っ二つにするのは実にもったいないなあ(笑)。

 以上、久しぶりの時代劇は残念ながら殺陣は少なかったですが、人情ものの佳作として楽しめました。未見の方は是非、劇場に足をお運びください。

2024年5月24日 (金)

猿の惑星/キングダム

 猿の惑星シリーズの最新作「猿の惑星/キングダム」が前3部作「創世記、新世紀、聖戦記」の完全なる続編とは知りませんでした。そのため、冒頭「猿の惑星/聖戦記」の主人公シーザーが死んだところから始まるのには驚き、期待もしたのですが、その後すぐ、”数世紀(300年らしい)が経て・・”というナレーション(字幕?)がでて、全く違うお話になったのが拍子抜けでしたねえ。できたら、あの少女ノヴァの成長した姿を見たかった(笑)。私は、前シリーズでは特に”聖戦記”が気に入っていたので・・・。

Img_20240524_0001  それにしても、モーション・キャプチャーの技術の進歩はとどまるところを知りません。もう本物の猿ですし、演じる俳優の欠片も感じられません。第一、パンフレットにも演じる役者の顔写真もないのですから、演者としては悲しいですねえ。どうやら「アバター」の技術開発のおかげらしいのですが、映画はやっぱり映像だけでなく”物語”なのだとつくづく痛感しました。
 というのも、前半、知恵がつき、鷹匠ともいえるチンパンジーたちの集落での暮らしぶりの描写が延々と続くのですが、観客の私はいったい何を見せられているのかと退屈になるほどです。観終わって振り返っても、あれほど長く描く必要性があんまり感じられません。鷹を自在に操れることだけ描けばよく、リアルなチンパンジーの”幼友達”というのは全くもって萌えません(笑)。だって男女も老若も見かけも見わけも付かないのですから。

 中盤になってやっと、前シリーズで知性を失った筈の人間のメスが登場です。さらに、そのメスを追いかけるゴリラ軍団の襲撃です。これでやっと面白くなると思ったのですが、なかなか話が前に進みません。それに、細かな設定でいろいろ引っかかるのです。
 まず、人間のメスが汚れ姿ながら服を着ているのです。まあ、これはラストへの伏線になるのですが、一方で、野生(?)の人類も群れで登場しますが、何故か、第1作に登場するような衣装(?)を身にまとっています。とても衣服を着るという知恵があるとは思えないのです。一方で、知恵のある猿たちは腰巻もなく全裸です(笑)。まあ、セリフで”人は寒さに弱い”といっていますので、”毛のある猿は服を着ると暑い”のでしょう。そう理解しましょう(笑)。当然、オスもメスも性器の描写はありません(笑)。こんな些細なことが気になって作品に集中できませんでしたねえ。映像がリアルになる分、設定はち密にしてほしいものです。

 後半は、人間の知恵を活用したゴリラ”プロキシマス・シーザー”の登場です。大げさな名前の皇帝なのですが、副題の”キングダム”の規模がなんともしょぼいのです。堤防に守られた海辺の難民キャンプですねえ。完全なタイトル負けです。しかも、やっていることは、奴隷たちの人(猿)力で、人類の旧要塞の扉を開けようとしているのです。名前の所以にしても要塞の攻略にしても、そのシーザーの行動の陰には、意外な奴が介在しているのですが、これは是非映画をご覧ください。しかし、津波でもないのにあんなに水位が上がるかな・・いや、独り言です(笑)。

 なお、この映画のミソは、チキンとした服を着ていた人間のメスだったのです。彼女の秘密が途中で突然明かされ、主人公のチンパンジーと途中仲間となった知恵のあるオランウータンがあ然とする姿が必見です。まさに顎が外れた感をCGで見事に表現しています。漫画的ともいえる誇張した表現方法に感心しました(笑)。

 しかし、この人間のメスの行動は、まさしく”人間”らしく、目的のためには手段を択ばないというもので、”エイプはエイプを殺さない”という猿たちには衝撃の展開を見せるのです。そして、彼女の本当の目的が分かった時には、”知恵のある”オランウータンが薀蓄として語った前シリーズのテーマ”猿と人間の共生”については、単なる幻想に過ぎず、前シリーズの主人公”シーザー”の生きざまへの大いなる疑問が呈されるのです。まあ、これだけ現実社会で、民族間、人種間の戦争が起こっていたら、理想論など共感が得られないのかもしれません。服を着た人間の登場は、このシリーズ自体、おおきく変質していくような気がして、不安になりました。次回作があるとすれば、猿たちの運命が気の毒になります。”民族虐殺映画”などはあんまり見たくありませんねえ。 

2024年4月28日 (日)

ゴジラ✕コング 新たなる帝国

 ハリウッド版ゴジラの最新作「ゴジラ✕コング 新たなる帝国」ですが、あの「ゴジラ-1.0」を観た後ではなんとも微妙ですねえ。まず、最初に気になったのは、このタイトルの”X”の読み方です。日本語では単に”と”か、あるいは”バツ”や”かける”なのか?英語読みだと”タイムズ”ですが、まあ、”エックス”ぐらいがが妥当かなと思ったら、ネットでみると、”ゴジラ、コング”と読んで”X”は発音しないそうです。

Img_20240426_0001  内容は、もう昭和の怪獣映画黄金時代の末期、ゴジラシリーズが完全にお子様相手になった頃の作品を彷彿させます。ただ、ハリウッドらしく巨額の資金を投入したVFXの凄さには感心します。冒頭のコングの迫力はやっぱり大したものです。単純に驚きます。
 地球の空洞世界でのコングが巨大なヘビのような怪獣などと次々と戦う姿は、初代”キングコング”へのリスペクトが感じられ、好感が持てます。まあ、”コングの息子”にも目配りしたようなストーリー自体、完全にキングコングの物語です。前作もそうでしたから、結局は”ゴジラ”は添え物ですねえ。

 それにしても、コングが虫歯になるなどそもそも”怪獣”いや”タイタン”とは何かと、はなはだ疑問になりました。やはり日本人とアメリカ人との感性には相当な違いがありますねえ。もはや、完全な子供だましのキャラクターになっています。ゴジラが軽快に走り回り、岬のてっぺんから豪快な飛び込みまで披露するのですから、とても恐怖の対象のゴジラではありません。完全な怪獣ヒーローですねえ。モスラの仲裁などにもあきれますが、なによりそのデザインが酷いです。なんとも救いようがありません。

 しかも、敵役がしょぼいのです。頭の禿げた赤毛の手長オランウータンでは役不足ですし、飼育している冷凍怪獣(冷凍は流行かな?)も本来はもっと凶暴でなければなりません。ほかにもいろいろ”怪獣”らしき巨大生物が登場しますが、やっぱりデザインがイマイチですねえ。思えば、黄金時代の日本の”怪獣”のデザインがなんと素晴らしかったのかと、改めてそう感じました。

 以上、なんとも印象のうすい怪獣映画でした。ただ、私のお気に入りのジャンルの作品なので、できれば世界中でヒットして、続編ができることをお祈りしております。
 それにしても、劇場パンフレットの1,100円は高すぎます。赤と紫のエンボス仕様のカバー付きであることも値段が高い要因かもしれませんが、まず、パンフレットは、中身の記事で勝負してほしいものです。本編と一緒で内容が薄かったのが、本当に残念でした。

2024年4月25日 (木)

アメリカ映画の文化副読本

 先日、買った「アメリカ映画の文化副読本」が予想外に面白かったのでご紹介します。
 アメリカの現実について、都市や社交、教育や信仰、人種と政治、そして職業などの切り口からその生の実態を淡々と記事にしているのですが、著者が実際に選挙活動などで経験したお話なので、彼我の違いに本当に驚きます。

811ejq0qkl_sl1500_ 正直、ハリウッド映画をより深く楽しむための教養というよりは、あまりの文化と制度の違いに、日本以外の世界の過酷さを目の当たりにして、いやあ日本に生まれていて本当に良かった、としみじみ思ったのが読後の感想です。
 まあ、何故、学園映画で、学生たちが廊下でたむろするのか? 何故、いつもパートナーを求めるのか? いままで分かったような気がして見過ごしていたことが、その背景を知って恥ずかしくなりますねえ。いや、まさしく、それほど、日本とは制度が違うのです。ごく一部の裕福な特権階級と昔から変わらぬ頑固な田舎の国なのですねえ。トランプ元大統領が強いはずです。
 かつて、子どものころ、あこがれた理想のアメリカ社会は、全くの”幻想の国”でしたねえ。現実は本当に酷いものです。この本を読んでつくづく思い知りました。
 でも、世の中にはまだまだ欧米の制度をそのまま導入しようとする愚か者がいるのには困ったものですねえ。

 思えば、最近のYoutubeでは、よくアメリカのとんでもない現状、例えば、低所得者対策の結果の万引き横行、ドラッグ解禁の結果のゾンビの街の風景などが紹介されるのですが、それも納得の社会ですねえ。人種問題を抱えた、過酷な競争と格差社会なのです。力のあるものが強者であり、基本的にはアメフトのスター選手とチアリーダーの世界なのです。銃規制も医療保険制度も実現不可能でしょう。束縛を受けずに自由に生きる、それがDNAなのですから、平和ボケした日本人にはとても耐えることはできないように思いますねえ。いやあ、恐るべきアメリカです。
 
 それにしても、子どもが一人で通学して、女性が安心して夜歩ける治安の良さや、ごみのない清潔な社会に、来日した外国人が驚嘆するはずです。どうやら、世界にこんな治安が良く、食べ物がおいしくて、四季のある美しい国はないようです。せめて、いまの日本の良い文化、平和な社会を維持してほしいものですが、外国人の移住を安易に促進し、利権ばかりをむさぼる政治では、それも風前の灯なのかもしれません。悲しい限りですねえ。本当に残念です。

2024年4月 6日 (土)

ゴーストバスターズ/フローズンサマー

 ゴーストバスターズの新シリーズの第2作目「ゴーストバスターズ/フローズンサマー」は、予想どおり”可もなく不可もなし”と言う作品でした。前作のオクラホマの片田舎からオリジナルの舞台であるニューヨークに移って、お馴染みの消防署がバスターズ本部となっているのは大いに結構です。さらに、実質的な主演が15歳の少女を演じるマッケナ・グレイスであることが最も評価するところです。なにしろ、キャプテン・アメリカと共演した天才少女役の「gifted/ギフテッド」からのファンなのです。前作よりも大人びており、今後の成長がかなり期待できる女優さんです。製作サイドもよくわかっているのでしょう、物語はアントマン(笑)ではなく、よくも悪くも彼女を中心に進むのです。そうです、天才科学オタクの彼女のお転婆ぶりと困惑(?)こそがこの作品の見所なのです。

Img_20240406_0001  一方、ストーリーは今一つ盛り上がりません。まず、未成年の彼女の”児童労働”という反ゴーストバスターズの市長からの”横やり”などは、こんな児童向けのジャンルの映画では意表を突く試みでしょうが、まあ無粋というものでしょう。第1作でゴーストバスターズを陥れた役人を演じた俳優をわざわざ起用しています。正直、彼が市長で登場した瞬間、映画「ダイハード」の嫌味なテレビレポーターを思い出しました。ほとんど容姿に変化は無く、さすが当たり役というか、いつもこんな役ばかりなのですねえ、御愁傷様です(笑)。でも、その起用もむなしく、残念ながら一向に面白くならないのです(笑)。

 つぎに、ゴーストなどの騒動による大被害は、結局ゴーストバスターズの面々の迂闊な行動が直接の原因となっている展開なので、万事解決しても、どうも素直に喜べません。そっとしておくべきところを興味本位で安易に手を出して大惨事を引き起こしているのですから、まさしくマッチポンプなのです。町の損害が気になってどうも観ていて心から笑えません。アメリカ人は笑えるのかな?

 そして、致命的なのが、今回のラスボスである悪神ガラッカの”竜頭蛇尾”ぶりです。散々その恐怖を煽ったあげく、なんとも軟弱者(笑)なのです。海を凍らせ、無数の氷の棘を乱立させたものの、何故か人間には全く当たりません(笑)。しかも、ラストのゴーストバスターズとの決戦では、主人公達が攻撃できるようになるまでのドタバタ劇をただただボケ~と待っている(笑)というのも意味が分かりません。演出が間延びしており、興ざめなのです。ここは大きく減点ですねえ。要するに盛り上がらないのです。

 まあ、あまり細かなことを考えずに、オリジナルのゴーストバスターズの雰囲気を味わってください。そういう映画でした。

2024年3月31日 (日)

葬送のフリーレン

 日本テレビで放映されたアニメ「葬送のフリーレン」第1シーズンが先日終了しました。「週刊少年サンデー」で連載中の少年漫画が原作らしい(こちらの方は未見)のですが、そのアニメ化作品にすっかり感心したのです。日本テレビと言えば、「セクシー田中さん」のドラマ化で原作者の同意なくて原作を勝手に改変するという悪事が明るみに出たばかりなのですが、どうやら、これはテレビという業界の中で思い上がったプロデューサーと、業界の中ですら”原作クラッシャー”と呼ばれる脚色家(やっぱり、米国アカデミー賞のように脚本家とは区別した方がいいよねえ。)の仕業らしいのですが、問題はこれまでも同じような改悪事件を繰り返してきたようですから悪質です。思えば、映画でもこの脚本家によって全く面白くない筋立てに換えられた作品もあったことも今回発掘されました。(当ブログ2009.5.5「鴨川ホルモー」参照)。まあ、テレビ業界がその温床なのかもしれませんが、これを契機に改革してほしいものです。それにしても脚本家協会も酷いですねえ。

 話がすっかり横道にそれましたが、このアニメは、どうやら原作通りに製作されているようです。いや、それどころか、原作のわかりにくいところを実にうまく処理して、原作者の意図をより効果的に見せているようで、その演出に賛美の声(youtube)が多数挙がっています。原作との違いは分かりませんが、今回のアニメは演出が実に巧妙で上手いということは実感します。

 具体的にいうと、映像的には、一見手抜きのようにも見える静止画の演出が見事です。静かなズームやアップで魅せつつ、わずかな最小限の身振りや口元を一寸ゆがめる演出で、心理描写をうまく表現します。登場人物のデザインがスタイリッシュですのでなんとも効果的で、しかも作画の手間も省けます(笑)。背景画も無理してリアルに凝らなくて良いノダ。あののんびり風景で丁度なのです。
 もっとも、魔法のバトルシーンは、シリーズの後半になるほど、やたら派手になっていくのですが、これは”静止画(手抜き)への批判”への対抗措置かな?そんなこと気にしないでください(笑)。

 そして、声優の感情のない、まるで棒読みのようで、実は味があるセリフ回しも良いなあ。フリーレンの声優のそっけなさは癖になります。他の登場人物とのやりとりも、絶妙のタイミングのずらし方などで笑えます。加えて、音楽も良いねえ。特に、前半クールのオープニングのYOASOBIの「勇者」の主題曲に魅せられました。うん、実に素晴らしい。

 でも、やっぱりストーリーの秀逸さが際立っています。異世界(ファンタジー)ものにありがちな魔王討伐ではなく、その後の物語なのです。第1話で年老いた勇者ヒンメルがあっけなく死んでしまう展開にはあ然としました。そして、その後の長命のエルフ”フリーレン”の人間を知るための旅路で、様々なエピソードが勇者の冒険の回想とともに綴られます。ここは原作の力なのでしょうねえ。
 さらに、アニメでは、いつも予想の斜め上を行くセリフや意表を突く行動などによって、エピソード毎に一寸としたカタルシスを感じさせるように演出されているのに感心するのです。これが実に楽しめるのです。まさに原作の魅力を生かした演出ということなのでしょうねえ。お見事でした。監督の斉藤圭一郎氏の名前を記憶しましょう。
 それにしても、次のシーズンまでのロスが長いなあ。配信もあるので見返しもしていますが、一日も早い第2シーズンの開始を待っています。

 

2024年3月21日 (木)

デューン 砂の惑星 PART2

Img_20240320_0001  第1作の前作「デューン 砂の惑星 PART1」では、見たこともない宇宙船のデザインなどの映像美に圧倒された(当ブログ2021.10.20参照)こともあり、この後編「デューン 砂の惑星 PART2」には大変期待していました。

 その期待が大き過ぎたせいなのでしょうか、それとも、前編の画期的なビジュアル等に慣れてしまったのか、観た後の感動がまったく盛り上がらないのです。もちろん、本物の砂漠を撮影した迫力と実にリアルなCG映像との合成の凄さなど、あいかわらず圧倒的な映像は健在なのですが、なんとも心が弾みません。それどころか、空想の惑星の砂漠や風俗文化があまりにも現実のアラブ世界を再現し過ぎているためか、現在の中東情勢などが生々しく重なり合ってしまい、SF映画としてのお楽しみが割引かれます。どうも、私のように現実を忘れ、能天気に映画を楽しみたい観客には少し苦手な作品になりました(笑)。

 いや、こうした感想こそ、原作小説やドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が描きたかったテーマなのでしょうが、あまりにも現実を突きつけられたような気がして、心から楽しめないのです。パンブレットによると、宗教の狂信性や”救世主”思想への懐疑を浮き彫りにしている面が評価されているようですが、主人公ポールが”救世主”になることに悩むシーンがあまりにも延々と続くので、狂気の白塗り坊主頭の敵役や皇帝までも登場するものの、なんかストーリーにインパクトが感じられません。

 また、最後の救世主の勝手な”行動”をヒロインが拒否するシーンは、どうやら原作とは違って、映画オリジナルで”自立する強い女”の設定になっているそうですが、個人的に演じる女優さんがあまり贔屓でないので、まあ、どうでもいいのです(笑)。

 それにしても、民衆の信仰心を煽って、大きな戦争へ”同胞”を駆り立てていくラストは、現在の世界情勢を念頭に置くと、寓話にしても恐ろしい気がします。一方で、デビット・リンチ監督の旧作のように、雨を降らす奇跡も起きず、単に惑星間戦争への突入というところで上映時間166分が終わったのは、SF物語としては尻すぼみというほかはなく、ミーハーの私などはなんとも物足りなさを感じました。どうやらPART3を想定しているかもしれませんが、やっぱり話をきちんと終わらせてほしかった。
 デビット・リンチ監督の”ブリキ製”のようなチープで通俗的な旧作「砂の惑星」を再見したくなったなあ(笑)。

2024年3月14日 (木)

祝!米アカデミー視覚効果賞の受賞/ゴジラ-1.0

 映画「ゴジラ-1.0」が米国アカデミー賞の視覚効果賞を受賞しました。政治的にいって、正直、まさか本当に受賞するとは思っていませんでした。まあ、ノミネートの対抗馬に恵まれたのかもしれませんが、ホワイトに特化せずに、米国アカデミーが世界に開かれたことは間違いありませんね。素晴らしことです。

 それにしても、山崎貴監督さんの嬉しさは大変なものでしょうねえ。もともとSFX技術者出身で、「スターウォーズ」や「未知との遭遇」に憧れてこの世界に入ったそうですので、視覚効果賞への思い入れもありましょうし、ノミネートの際のイベント会場で、憧れのスティーブン・スピルバーグに声をかけられ、”3回観た”と褒められ、しかも、記念写真まで一緒に撮ってもらったことは、例えようもない喜びだったでしょう。本当におめでとうございます。ルーカス・フィルムにも招待されたようです。
 ”まさか、ここ(アカデミー賞受賞式)に来られるとは”という受賞式でのスピーチの言葉には万感がこもっていました。
 今回、受賞後のテレビ番組などでの山崎監督のインタビューを拝見してみると、本当に奢らない、きどらない、優しいお人柄で、ますますファンになりましたねえ。

 そして、このアカデミー賞の効果は、現在も上映中の劇場への客足の伸びにつながっているようです。確か国内の興収は60億円を超えたと記憶していますし、シン・ゴジラと違って海外の興収もかなり増えているようですので、これを機会にさらに頑張ってほしいものです。なお、その人気ぶりは6月に発売が予定されているフィギュアにも見られるようで、発売元のエクスプラスによると、高額商品にもかかわらず、予約開始と同時に完売とか。・・・うーん、欲しいよう(笑)

 その一方で、今回の我が国映画界の”アジア初、監督では2人目(1人目はキューブリック)”という偉業について、映画ネタをテーマにしているワイドショーの番組にもかかわず、一言も取り上げなかったテレビ局があった(youtube)と聞いて驚きました。どうやら、他局(ジブリは日本テレビ関連ですが・・?)関係だったせいかもしれませんが、公共の報道機関としては、その神経(感覚?)が全くわかりません。最近、どうも、我が国の政治やマスコミはなんだかすっかりおかしくなっていますねえ。困ったものです。

20240314_131321 最後に、”マイゴジ(マイナスゴジラの略称)”ではありませんが、最近マイブームとなっているデフォリアル・フィギュアの”モスゴジ(モスラ対ゴジラの略称)”でお祝いの万歳三唱をしましょう。”バンザイ、バンザイ、バンザイ、誠におめでとうございます。今後のますますのご発展(海外進出、続編)をお祈り申し上げます。”

 

 

2024年3月 4日 (月)

映画技術入門

 先日「映画技術入門」という書籍が発売されました。内容は、映画史を支えてきた様々な技術と関連する700の作品を一挙紹介する(帯の宣伝文句)というモノです。具体的には、映写機と35mmフィルム、サイレントからトーキー、カラー、現像とプリント、音響、デジタル撮影、そして映画館など、様々な撮影機械や上映設備などの歴史の紹介です。こうしたテクニカルなお話は、以前から様々な専門的な書籍が出版されており、私も何冊か読みましたが、一向に頭に入らずそのまま素通りしています(笑)。

51eyyz9dnel_sy445_sx342_  その点、この本は、”入門”と冠しているだけあって、”分かりやすさ”に工夫をしています。若い女の子の主人公が専門家に関連技術を教わっていくという形式で、親しみやすい漫画とシンプルな図を駆使して大変見やすいのです。しかも、エポックメイキングな作品は写真入りで監督別の経緯なども説明されています。

 正直、スクリーンサイズなどにはあまり関心も無かったのですが、映画を撮影する際に監督がどうしてそのサイズを選んだのかなど、私のお気に入りの作品を通じて、撮影の裏側が垣間見えるような気がして実に楽しい読み物になっていました。そして、映画技術のトリビアもふんだんに盛り込まれており思わず笑います。

 例えば、映画が斜陽となった1970年代に現像技術が安い方法に一斉に切り替えられてしまったという現像の歴史は、”70年代の作品はどれも「くすんだような画面」となっている”という昔から私が抱いていた疑問に答えてくれた気がして、個人的に大変満足しています。
 また、カメラの歴史にも感銘を受けました。やっぱり高額なレンタル費用のかかるカメラは性能が違うようです。日本映画の薄っぺらい画像は、安いカメラの性かな?いやあ、単にカメラだけの問題でなく照明機材などあらゆる面で撮影技術へのアプローチが無くなっているのでしょうねえ。昔の「大映時代劇」の映像の凄さを思い出してほしいものです。

 それにしても、アルフレッド・ヒッチコックやジョン・フォード、そしてスティーブン・スピルバーグの作品ごとの画面サイズや使用カメラの歴史を紹介しているのもわくわくします。作品の流れを通じてそれぞれの作家の生きざまが見れるようです。
 また、ジョージ・ルーカスの映画技術への貢献が映画界にとって実に大きかったことを改めて感じます。スター・ウォーズの作品より、その収益を使ったデジタル撮影技術、さらに上映館の設備までも進歩させたことが凄いとしか、言いようがない。

 ちなみに、B級SF映画製作者のロジャー・コーマンの”スピルバーグやルーカスが技術的にレベルの高いきわもの映画を作ったことで、私たちの映画の魅力は大きく落ち込んだ”という愚痴には思わず吹き出しました。いやあ、まあ、そういうことですよねえ(笑)。

 以上、ほかにもたくさん紹介したいことはありますが、実に楽しい読み物なので、映画ファンなら是非お読みください。

 

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